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鉄道あれこれ

ある日、旧知の建築家I氏から、「JR中央線の高架下にオープンする保育園を設計したので、内覧会に来ない?」と、お誘いを受けました。

「鉄道の高架下という制約のなかで、どうやって保育園を建てるのか?」という興味があって、見学に。

場所は、JR武蔵境駅の近く。
高架橋の周辺工事が続いていることから、まだ「工事現場」の匂いがします。

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(左側の土道は、高架化前の線路があったところ)

外観は、倉庫か仮設住宅のようですが、内装には木がふんだんに使われていて、暖かい、お洒落な雰囲気です。

高架の橋脚があるところは廊下で繋ぎ、柱と柱の間に部屋を設置しています。
上から見ると「串刺し団子」のようなレイアウトです。

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「高架下」というと、有楽町や新橋の飲み屋街や、神戸・元町のアーケードというイメージがありますが、こういう新しく高架になった場所は、時代のニーズを汲んで、保育園などに活用されるようです。

JR東日本の関連会社が家主、それを「グローバルキッズ」という新興の保育園運営会社が借りて、約40人の子どもを受け入れる予定です。

建物の中にいる限りは、電車の通過音や振動などは、まったく感じませんでした。
I氏に聞くと、「最近の高架は進歩していて、昔みたいにガタゴト響かなくなった」とのこと。

これなら将来は、高架下に老人ホームなどが開設できるような気もしますが、一般の方は「線路の下が、終の住処」という状況には、抵抗があるかもしれません。
一方、鉄道マニアならば、喜んで入ったりして……。
あとは、ヘルマン・ヘッセ著『車輪の下』の愛読者とか?

さて、この中央線でも1957年から85年まで走っていた電車に、「101系」というのがあります。
昭和の時代、路線ごとに塗り分けをして走っていた「国電」の元祖とも言うべき車両です。

この「101系」の最後の生き残りが秩父鉄道にあり、3月16日限りで廃車になることから、乗りに行ってきました。

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(中央線快速線や大阪環状線と同じ、オレンジ色)

JRの現役車両に、少し運転席の窓が小さい「103系」があるので、マニア以外には区別がつきにくいのですが、昔、山手線や中央線に乗っていた人にはなつかしい車両だと思います。

この電車、真ん中の車両は昭和37年製です。

DSCF9161.jpg

50年以上前なのです。
真ん中の車両には、冷房がありません。

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窓から見える景色で一番秩父らしいのは武甲山でしょうね。
山頂部が、石灰岩採掘のため、削り取られています(「秩父セメント」などになる)。

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東京にあるビルの一部も、この山を削り取って製造された、コンクリートで作られているのです。
ある意味、東京の犠牲になって、削られた山かもしれません。

秩父鉄道で不思議に思ったのが、駅名で、ふつうだったら小文字になるところが、大文字で書かれていることです。

DSCF9188.jpg

「武州」の読みは「ぶしゅう」だと思うのですが、「ゆ」の字が大きいまま。
何か理由でもあるのでしょうか?

あと、他の鉄道だったら「武蔵浦和」とか「武蔵小杉」とか、「武蔵」をそのまま使うのですが、秩父鉄道の場合は「武州」。

小さな鉄道には鉄道なりの、こだわりがあるようです。

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プロフィール

浅井潤水(じゅんすい)

Author:浅井潤水(じゅんすい)
大阪生まれ、5歳より18歳まで奈良で育つ。大阪の大学を卒業後、東京の出版社に就職。総合月刊誌、写真週刊誌、ワンテーマ・マガジン、新書、文庫などの編集に従事した後、現在は知財・契約管理部門勤務。
おもな担当書に、下川裕治『格安エアラインで個人旅行が変わる!』、鳥塚亮『いすみ鉄道公募社長 危機を乗り越える夢と戦略』、松尾貴史『ネタになる統計データ』、小篠綾子『コシノ洋装店ものがたり』、吉田友和『スマートフォン時代のインテリジェント旅行術』、坂井優基『現役機長が答える飛行機の大謎・小謎』、三浦展・菊入みゆき『職場で“モテる”社会学』、碓井孝介『偏差値35から公認会計士に受かる記憶術』、『「男はつらいよ」寅さんロケ地ガイド』、週刊「昭和の鉄道模型をつくる」、ジミー大西『トーテンくんのオーケストラ』などがある。

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