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大正時代に作られた電車

10月下旬に瀬戸内国際芸術祭へ行った際、「ことでん」と呼ばれる電車に乗ってきました。

「ことでん」は高松を起点に、琴平や屋島方面に路線を持つローカル私鉄。
モータリゼーションの進展に伴って経営不振に苦しんだこともあって、新型車両の導入がままならず、戦前に作られた車両を2006年までふつうに使用しておりました。

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さすがに現在では、現役車両としては使っていないのですが、うち4両を保存車両として残し、月に一度「レトロ列車特別運行」と銘打って、記念列車の扱いで走らせているのです。

というような、「生きた化石」的な電車は、かつてはあちこちに残っていたのですが、現在も通常運行に使われている戦前製造の電車は、広島電鉄と阪堺電車という、路面電車のみ。

さらに絞って大正時代に作られた電車が一般の線路を走る例となると、ここ「ことでん」しか残っていないと思います。

瀬戸内国際芸術祭も終盤に差し掛かった10月22日、この特別運行がありました。
昼間は小豆島のアート作品を巡り、夜、長尾駅に向かいます。

この日は、大正15(1926)年製造の120号車と300号車の連結。
同じ年の自社発注車なのですが、メーカーが違うので、やや形が異なります。
300号車は、ドア脇に丸窓があります。

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ボツボツのリベットが時代を感じさせるでしょ?

内装はこんな感じです。

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吊り輪や扇風機は、一、二度入れ替えているかもしれません。
クッション以外の座席廻り、網棚などはたぶん昔のまま。
壁の緑色は、塗装を重ねているかも。
床も昔は板張りだったような気がします。

内装は多少、手直しされているものの、乗り心地は昔のまま。
「吊りかけ式」と呼ばれるモーターがうなりを上げて走り始めます。
とくに戦前製造らしいのは、電車がよく揺れること。
スピードを上げると、縦に横にと、激しく揺れます。

昭和20年代まで、「電車は乗り心地が悪く、長距離列車は客車に限る」というのが常識でした。
蒸気機関車や電気機関車に牽引された、客車列車が主流だった訳です。
それが少しずつ、電車の乗り心地が良くなって、小田急の初代ロマンスカー、国鉄の特急「こだま」号辺りから、長距離列車も電車の時代になりました。

というようなことは、どうでもいいのですが、この電車に乗ると、ちょっとしたタイムスリップ感が味わえて、乙なものなのです。
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プロフィール

浅井潤水(じゅんすい)

Author:浅井潤水(じゅんすい)
大阪生まれ、5歳より18歳まで奈良で育つ。大阪の大学を卒業後、東京の出版社に就職。総合月刊誌、写真週刊誌、ワンテーマ・マガジン、新書、文庫などの編集に従事した後、現在は知財・契約管理部門勤務。
おもな担当書に、下川裕治『格安エアラインで個人旅行が変わる!』、鳥塚亮『いすみ鉄道公募社長 危機を乗り越える夢と戦略』、松尾貴史『ネタになる統計データ』、小篠綾子『コシノ洋装店ものがたり』、吉田友和『スマートフォン時代のインテリジェント旅行術』、坂井優基『現役機長が答える飛行機の大謎・小謎』、三浦展・菊入みゆき『職場で“モテる”社会学』、碓井孝介『偏差値35から公認会計士に受かる記憶術』、『「男はつらいよ」寅さんロケ地ガイド』、週刊「昭和の鉄道模型をつくる」、ジミー大西『トーテンくんのオーケストラ』などがある。

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