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雪路のボンネットバス

桜咲く季節だというのに、雪の話ですみません。

岩手県の八幡平市に、冬の間だけ路線バスとして走っている四輪駆動のボンネットバスがあると聞いて、乗りに行ってきました。

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運行区間の、八幡平温泉郷から松川温泉までは、雪も多く、道も急勾配のところが多い。

四輪駆動のバスは、現在では生産されておらず、悪天候時の安全を確保するために、旧型のボンネットバスを走らせているそうです。

日本で、定期観光バスとして、ボンネットバスを使っている会社はいくつかありますが、純粋な路線バスとして使っているのは、他には広島県の福山と鞆の浦を結ぶ路線くらいだったと思います。

乗ってみると、内装もなかなか味わい深いというか、レトロです。

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私が子どもの頃、バスはボンネットバスだったかどうか、記憶がはっきりしないのですが、昭和50年代には都市部では走っていなかった気がします。

終点の松川温泉で、運転手さんに話を伺いしました。
このバスはNHKの連ドラ「あまちゃん」にも登場したのですが、ロケ中にエンジンが壊れて、廃車の危機になったとか。
で、たまたま廃車になった別のトラックのエンジンが同じ型だったので「部品取り」して、何とか復旧したとのこと。

運転席もメカニカルな雰囲気です。

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実は近年は、まめに道路の除雪がされるようになり、四輪駆動で走る機会はあまりないそうです。
ちょっとびっくりしたのが、運転手さんの「昔の道は、除雪されてなかった」というお話。

私も、それなりに雪道をクルマで走った経験はあるのですが、除雪が追いつかないほど激しく雪が降ると、お手上げになります。
スタッドレスタイヤを装着していても、わだちが深くなってくると、タイヤが空回りして、ハンドルもアクセルもブレーキも効かないからです。

こんな雪深い山のなかを、除雪もしていない道をどうやって走るのでしょうか。

「昔は、側溝にふたもなかったし、よく脱輪とかしたんですよ」と、運転手さんは事もなげに言います。

実はこのバス、ボンネットの前に巨大な出っぱりがあって、ここに「ウインチ」が装着されているそうです。ウインチというのは、巻き取り装置で、このバスの場合はエンジンを動力源にしているとのこと。

運転手さんいわく「ウインチからロープを引っ張って、大木に結び付けて、引っぱりながら脱出した」とのこと。

何というか、現代では想像すらできない、ワイルドな運転術です。

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私は3月の三連休の中日に、このバスに乗ったのですが、バスというのは鉄道と比べてマニアが格段に少ないようで、沿道から写真を撮影していた人が2名、乗客は私ひとりでした。

まあ、東京から八幡平へ行くだけでも半日ががりだし、岩手県北交通もあまり積極的にPRしていないから、バス愛好家も少ないのでしょうが、何かちょっともったいないような気もします。

でも、おかげで私は、昭和の風情あふれるバスに、「貸切」で乗ったことになるのですが……。
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鉄道あれこれ

ある日、旧知の建築家I氏から、「JR中央線の高架下にオープンする保育園を設計したので、内覧会に来ない?」と、お誘いを受けました。

「鉄道の高架下という制約のなかで、どうやって保育園を建てるのか?」という興味があって、見学に。

場所は、JR武蔵境駅の近く。
高架橋の周辺工事が続いていることから、まだ「工事現場」の匂いがします。

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(左側の土道は、高架化前の線路があったところ)

外観は、倉庫か仮設住宅のようですが、内装には木がふんだんに使われていて、暖かい、お洒落な雰囲気です。

高架の橋脚があるところは廊下で繋ぎ、柱と柱の間に部屋を設置しています。
上から見ると「串刺し団子」のようなレイアウトです。

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「高架下」というと、有楽町や新橋の飲み屋街や、神戸・元町のアーケードというイメージがありますが、こういう新しく高架になった場所は、時代のニーズを汲んで、保育園などに活用されるようです。

JR東日本の関連会社が家主、それを「グローバルキッズ」という新興の保育園運営会社が借りて、約40人の子どもを受け入れる予定です。

建物の中にいる限りは、電車の通過音や振動などは、まったく感じませんでした。
I氏に聞くと、「最近の高架は進歩していて、昔みたいにガタゴト響かなくなった」とのこと。

これなら将来は、高架下に老人ホームなどが開設できるような気もしますが、一般の方は「線路の下が、終の住処」という状況には、抵抗があるかもしれません。
一方、鉄道マニアならば、喜んで入ったりして……。
あとは、ヘルマン・ヘッセ著『車輪の下』の愛読者とか?

さて、この中央線でも1957年から85年まで走っていた電車に、「101系」というのがあります。
昭和の時代、路線ごとに塗り分けをして走っていた「国電」の元祖とも言うべき車両です。

この「101系」の最後の生き残りが秩父鉄道にあり、3月16日限りで廃車になることから、乗りに行ってきました。

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(中央線快速線や大阪環状線と同じ、オレンジ色)

JRの現役車両に、少し運転席の窓が小さい「103系」があるので、マニア以外には区別がつきにくいのですが、昔、山手線や中央線に乗っていた人にはなつかしい車両だと思います。

この電車、真ん中の車両は昭和37年製です。

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50年以上前なのです。
真ん中の車両には、冷房がありません。

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窓から見える景色で一番秩父らしいのは武甲山でしょうね。
山頂部が、石灰岩採掘のため、削り取られています(「秩父セメント」などになる)。

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東京にあるビルの一部も、この山を削り取って製造された、コンクリートで作られているのです。
ある意味、東京の犠牲になって、削られた山かもしれません。

秩父鉄道で不思議に思ったのが、駅名で、ふつうだったら小文字になるところが、大文字で書かれていることです。

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「武州」の読みは「ぶしゅう」だと思うのですが、「ゆ」の字が大きいまま。
何か理由でもあるのでしょうか?

あと、他の鉄道だったら「武蔵浦和」とか「武蔵小杉」とか、「武蔵」をそのまま使うのですが、秩父鉄道の場合は「武州」。

小さな鉄道には鉄道なりの、こだわりがあるようです。

プロフィール

浅井潤水(じゅんすい)

Author:浅井潤水(じゅんすい)
大阪生まれ、5歳より18歳まで奈良で育つ。大阪の大学を卒業後、東京の出版社に就職。総合月刊誌、写真週刊誌、ワンテーマ・マガジン、新書、文庫などの編集に従事した後、現在は書誌情報の管理部門勤務。
おもな担当書に、下川裕治『格安エアラインで個人旅行が変わる!』、鳥塚亮『いすみ鉄道公募社長 危機を乗り越える夢と戦略』、松尾貴史『ネタになる統計データ』、小篠綾子『コシノ洋装店ものがたり』、吉田友和『スマートフォン時代のインテリジェント旅行術』、坂井優基『現役機長が答える飛行機の大謎・小謎』、三浦展・菊入みゆき『職場で“モテる”社会学』、碓井孝介『偏差値35から公認会計士に受かる記憶術』、『「男はつらいよ」寅さんロケ地ガイド』、週刊「昭和の鉄道模型をつくる」、ジミー大西『トーテンくんのオーケストラ』などがある。

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