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北極星は山の彼方

昆明から出ることを決めたとき、私は考えました。
シーサンパンナ地方の田園風景を眺めながら、のんびり南下できないものだろうかと。

中国の雲南省からラオスに向かう経路は、シーサンパンナ自治州を通ります。
ここは風景が美しく、「日本の原風景」と呼ばれることもあります。

話がまた20年前の旅行に戻って恐縮ですが、上海や北京を起点に昆明まで辿り着いたバックパッカーたちは、その後2方向に分かれました。
雲南省の大理を目指す者と、シーサンパンナの景供を目指す者に。
大理へは片道8~10時間、景供へは2泊3日の道のりです。
シーサンパンナがいくら美しいと言っても、当時の中国のバス(狭い、遅い、揺れる、故障する)で片道2泊3日の旅は過酷でした。昆明に辿り着くまでに疲弊していた私は、大理行きを選んだのです。

大理はとても美しい場所で、少数民族の人々も素朴。
パゴダのような塔を有する「三搭寺」と呼ばれるお寺。石作りの町並み。
湖もあって、ちょっとした桃源郷のようでした(その後、7年前に再訪したのですが、見事に観光地化していました)。
出会った日本人たちも個性的で面白い人が多かった。

あれから幾星霜。
「シーサンパンナに行ってみたい」という思いは残っていたわけです。

昆明からシーサンパンナ経由でラオスに向かうためには、モンラーという町に行かなくてはいけません。ところがモンラー行きの昼行便が見当たらない。
中国の長距離バスでは寝台付きが一般的で、つまりほとんどが夜行便なのです。
昼行便のある景供経由でも行けなくはないのですが、少し遠回りになって乗換えが多くなり、日程に制約があるサラリーマン旅行者には辛い。

バスターミナルで散々悩んだ挙句、選んだのはラオスのルアルパバーン行きの、国際長距離バスでした。
シーサンパンナの風景は諦めたのです。

11月8日の夕方、私はバスに乗り、南へと向かいました。
中国の寝台バスというのはこんな感じです。

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出発後40分弱で昆明市内の渋滞や喧騒とも別れ、高速道路をひた走ります。

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中国の高速道路の発達はすごい。
元々土地は国家のものですから、日本のように用地買収で膠着することもない。
ラオス国境の手前まで、ほとんど高速道路が通じていました。
寝台バスの乗り心地もなかなか良くて、ごろごろしながら車窓から星を見ていました。

オリオン座とカシオペア座って同時に見られるのですね。
東京に住み始めてから、旅行中以外は星を見なくなっていたので、久しぶりに気付きました。
カシオペア座のW形の角から北極星を探したのですが、これが空の低い場所、山の彼方といった感じのところにある。
北極星が低く見えるのは、南に来ている証拠です。
「北回帰線は越えたかな?」なんて考えながら眠りに就いたのです。

なかなか快適なバス旅でした。
国境を越えるまでは。

この後、ラオスの行路で地獄を見るとは思いもしませんでしたが……。
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昆明脱出

昆明に到着した翌日に、ラオスに向けて出発しました。

昆明には2泊するつもりだったのですが、道ゆく自動車の排気ガスがあまりにひどくて、逃げ出したのです。

中国は経済が急発展して自動車が増えている割に、排気ガスを浄化する技術が追いついていないのか、都市の大気汚染は深刻です。
当局にも問題は認識されているようで、たとえばスクーターは電動式をかなり普及させるなど対策は練っているようなのですが、いかんせん焼け石に水。

最初の訪問地である上海には地下鉄があったので、乗ればある程度難を避けられたのですが、昆明ではどこに行くにもタクシーかバスに乗らなくてはいけない。そして道路は慢性的に渋滞しています。タクシーもエアコンを使わないで窓全開で走るから、結局、排気ガスを目一杯吸い込んでしまうのです。

そうやって考えてみると、東京はよく出来ています。
鉄道とバスの路線網が充実している。
駐車場代が高いから、自動車の普及率は低い(環境政策とは別問題ですが…。私も自動車を保有したことがありません)。
トラックの排ガス規制がきわめて厳しい(石原都政ほとんど唯一の成果)。
近郊を含めると2000万人以上が生活している大都市圏にしては、かなり空気が綺麗なことを再認識しました。


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昆明行き「空調快速」

私は昔から陸路移動が好きで、ユーラシア大陸とオーストラリア大陸は鉄道で、北アメリカ大陸はバスで横断したことがあります。

今回も、日程の制約のなかでなるべく陸路で移動してみたいと思い、上海から昆明まで約2400キロの長距離列車に乗りました。

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2400キロというと鹿児島-青森間の距離よりも長い。11月5日の午後4時すぎに上海を出て、7日の午前10時に昆明に到着するまで、40時間以上列車に揺られました。

と書くと大変な移動のようですが、軟臥(1等寝台)を使ったため、結構快適だったのです。これは2段ベッドの4人相部屋なのですが、ベッドのクッションがよく、内装も上品な感じです。中国の鉄道はもともと軌間(ゲージ)が広く、さらに線路の改良が進んでいるので、今では日本のブルートレインよりも乗り心地がいい。

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さて、5日夕方に上海を出て、しばらく車窓を見ていました。出発して20分くらいで市街を抜けると、30分以上ずっと工場や倉庫のような建物群が見えます。私は世界の様々な街を眺めてきましたが、これほどまでに近郊の工業地帯が続くのを見たことがありません。上海は広東省や福建省と並び、「世界の工場」中国の一大拠点。今回の私の持ち物は、衣類は言うに及ばず、デジカメやパソコンも中国製です。これらのいくつかはこの辺りで作られたのかもしれません。

日が暮れて食堂車で夕飯。私は食堂車が好きで、以前、東海道新幹線に二階建ての食堂車があった頃、よく使っていました。今、日本では寝台特急「北斗星」などごく一部しか食堂車が残っていません。

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この日の夕飯は「木耳焼肉」と「白飯」を注文。文字から推察した通りキノコが入った焼肉だったのですが、なかなかの美味でした。

夕飯の後、寝台車に戻ると李さんというおばさんが入っていました。彼女はソファーの販売員です。カタログを見せてもらったのですが、日本ではあまり見られない豪華で大きなソファーの写真が並んでいました。彼女は商魂たくましく「あなたもソファー買わないか?」と勧めてきたのですが、私は「不要、不要。私も日本で持っているよ」と笑ってお断りしました(ただし私の家で使っているソファーは、イケアで買った安物です)。

ひとしきりの筆談が終わったあとは、ベッドに横になって読書。松原久子「驕れる白人と闘うための日本近代史」(文春文庫)と、村上春樹「ノルウェイの森」(講談社文庫)を読んでいました。
松原さんの本を読むのは初めてですが、欧米諸国がいかに自分たちに都合のいい理屈で非欧米諸国を制圧・収奪してきたかが、きちんと検証されていて面白い。と、同時に自給自足で静かに暮らしていた江戸時代の日本が、欧米諸国の収奪に巻き込まれ、明治維新の後、自身も征服者側に廻った経緯も、自戒をこめて描かれています。
「ノルウェイの森」を読むのは久しぶりでしたが、しばし心が青春時代に舞い戻りました。

翌朝、目が覚めると、列車はのどかな田園風景のなかを走っていました。ここにきてやっと中国の原風景に出会えたのです。この日はほぼ一日中、車窓風景を見ていました。中国も沿海部の都市近郊を除けば、まだそれほどは発展していなくて、昔ながらの建物や人々の素朴な暮らしが見えてきます。

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前日の真夜中かこの日の明け方、2人の男性が乗り込んできました。多さん(写真向かって右)と安さん。多さんは経済公安の職員で、安さん(先ほどの寝台の写真で出ている寝ている男性)は建設師(施工)だそうです。

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多さんは43歳で、25歳の妻がいることをしきりに自慢していました。で、それを誇示するためか「結婚証」というのを見せてくれたのですが、なぜか彼の出生が1968年になっている。「あなた43歳でしょう?」と聞くと、「出生年月日なんて偽でもいいんだ、ガハハハ」と笑い飛ばすのです。日本でも何日か実際より出生日をずらす話は聞いたことがありますが、4年も誤魔化すことはありえない。学校はどうしたのだろうか、よくそれで公安職員になれたな、などと不思議に思ったのですが、安さん(41歳)も「そんなものさ」と言っていたので、中国では戸籍はアバウトなもののようです。

中国の長距離列車が日本の寝台特急と一番違う点は、服務員(乗務員)の多さです。昼夜交代で任に当たって起点から終点まで乗り通すのですが、23人もいるとのこと。これに列車公安(鉄道警察)や食堂車の担当もいるので、全部で30数人はいたと思います。

私の乗っていた軟臥車の担当で、ひとりだけ英語が少し話せる服務員がいました。胡さんという西南交通大学の学生で、実習で服務員をやっているそうです。彼女の出身が峨眉山の近くだとか、私が中国のどこに行ったことがあるかだとか、他愛もない話でしたが、おかげで退屈しないですみました。

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2日目の午後、列車は桂林に到着。列車内からも桂林らしいカルスト地形が見えました。

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その後は美しい夕焼けを見たり、隣室の小さな子供と遊んだり、隣室の中国系カナダ人と話をしたりしているうちに夜になり、食堂車でまた「木耳焼肉」を食べて、就寝。

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翌朝、目を覚ますと午前8時で、そこから昆明までの2時間はあっという間でした。

私は今まで何度か中国の長距離列車に乗ったことがあります。20年前、乗客は所構わずタバコを吸いまくり、ゴミは床や窓の外に投げ捨てたりで、マナーの悪さに驚いたものです。それが10年前にウルムチから西安までシルクロード特快に乗った頃から、マナーがよくなったことを感じました。今回、硬臥(2等寝台)や硬座(2等座席)も見てみましたが、20年前とは別世界でした。

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(硬臥)

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(硬座)

日本でも昭和30年代、終着駅に着いた列車の車内では、床にゴミが散乱していました。「衣住足りて礼節を知る」という言葉が中国伝来なのかは知りませんが、車内の快適さは生活レベルに比例するようです。

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人間の性(さが)

「近未来都市」の探訪にも少し飽きたので、上海の街歩きをしました。

まずは、バスの「でまかせ乗り」。
これはバックパッカーがよくやる遊び(沢木耕太郎『深夜特急』の影響かも)で、行き先のわからない路線バスに飛び乗って終点まで行き、同じ路線のバスで戻ってくるのが基本。
まったく知らない街路で、現地の生活を眺められるのが楽しい。
終点もたいてい観光地ではないから、外国人がもの珍しく、店のおばちゃんなどから歓迎されます。

ところが上海では、この遊びは駄目でした。
自動車の排気ガスに、参ってしまったのです。

北京オリンピックで大気汚染を理由に参加しない選手がいましたが、上海も相当なもので、公害全盛期の昭和40年代を大阪市内で過ごし、排ガスに慣れているはずの私も、バスに1時間弱乗っているだけで、眼がチカチカして頭が痛くなってきたのです。

あわててバスを降りて、中層アパート街を散歩しました。

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ここには小さな店が軒を連ねていたり、出店があったりで、アジアらしい雰囲気が満ちています。

そこで目にしたのがこんな光景です。

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何だかわかりますか?

実はトラックの荷台で、トランプ博打をやっているのです。
だけど、路地でも堂々とトランプをやっている人がいるのに、なぜ彼らはトラックの荷台でやっているのでしょうか?

怖くて話を聞けなかったので、想像ですが、
1、賭ける額が大きいので違法性が高く、一応、目立たぬようにやっている。
2、雨が落ちてきても場所を替えずに続けられるので、賭場としての安定性が高い。
のどちらかでしょうね。

賭博が違法かどうかの判断は日本でもあいまいで、1回数万円までの賭けマージャンや賭けゴルフは、実際にはほとんど処罰の対象になりません。昔、元スポーツ選手が捕まった数十万、数百万単位の賭けマージャンは、社会の安定を損なう原因になる(負けた人がヤケになる)ので、時々摘発されます。

中国でも路上でマージャン、トランプ、将棋などをやっている光景はよく目にしますが、たぶんお金は賭けているでしょう。それもやはり少額なら「人間の性」だからお目こぼし、社会の安定を損なうような大金なら摘発ということではないかと思います。

あくまで想像ですが……。
でも、トラックの荷台でやっているとかえって目立つので、理由は2、かもしれません。

ところで、上海の滞在は今日までです。
この後、2泊3日の長距離列車で雲南省の昆明に向かいます。

次の更新は昆明からになるでしょう。

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森ビル

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リニアの次は、超超高層ビルです。

お上りさんみたいだけど、「近未来都市」を見たくて上海に来たので、そういう順番になります。

「上海環球金融中心」は100階建てで、尖塔部を除いて492mあり、実質的には現在、世界一高いビルです(尖塔部を含めれば、台湾のTaipei101が509mでトップ)。

私は、ニューヨークのエンパイア・ステート・ビルディング(381m)を見たことがありますが、それより高いことはすぐに判りました。

お上りさんは高い所に昇るのが基本ですから、展望台まで行きました。

ですが、期待していたほどの眺めではありませんでした。
天気のせいか、大気汚染のせいか、「もや」がかかって遠くがよく見えないのです。

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展望台に流れるプロモーションビデオでも、風景はかすんでいたので、これが普通なのかもしれません。

このビルの施主は森ビルグループです。
プロモーションビデオでは、「ビルを高層化して、空間を効率的に使いましょう」云々のメッセージが流れていました。

これは森ビルまたは創業者森一族の、信念、信仰みたいなものです。

が、私は「本当か?」と思いました。

効率的に使っているはずなのに、なぜ、賃料が高くなるのでしょうか?

ビルを高層化すればするほど、建設コストがかさむからです。

賃料が高いので、六本木ヒルズなどの入居者も、IT、コンサル、外資系金融などが中心となります。背伸びして入居する企業が多いから、トラブルも多い。最近はショッピングゾーンでの閉店も多いと聞きます。

「上海環球金融中心」も、夕方見ると、照明の入っていないフロアが目につきました(一部がホテルだからなのかもしれませんが)。

私は、ビルを高層化して効率的になるのは、その地域の土地代が目茶苦茶高い場合(東京都港区、ニューヨークのマンハッタン島など)の話ではないかと思います。

上海の経済発展が著しいといっても、492mは背伸びという気がします。年率9%で成長する中国のことだから、そのうちテナントは埋まるかもしれませんが……。
ただ、周辺の30~50階の高層ビルとの賃料競争に勝てるのか? つまり実利を重んじる中国人が、超超高層ビルという理由で高家賃を受け入れるのかという疑問はあります(中国人は見栄も張りますが)。

ちなみに、この旅では、ドバイでもっと高いビル「ブッシュ・ドバイ(建設中)」を見る予定です。

結局、私も超高層ビルが好きなのかもしれません……。

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プロフィール

浅井潤水(じゅんすい)

Author:浅井潤水(じゅんすい)
大阪生まれ、5歳より18歳まで奈良で育つ。大阪の大学を卒業後、東京の出版社に就職。総合月刊誌、写真週刊誌、ワンテーマ・マガジン、新書、文庫などの編集に従事した後、現在は知財・契約管理部門勤務。
おもな担当書に、下川裕治『格安エアラインで個人旅行が変わる!』、鳥塚亮『いすみ鉄道公募社長 危機を乗り越える夢と戦略』、松尾貴史『ネタになる統計データ』、小篠綾子『コシノ洋装店ものがたり』、吉田友和『スマートフォン時代のインテリジェント旅行術』、坂井優基『現役機長が答える飛行機の大謎・小謎』、三浦展・菊入みゆき『職場で“モテる”社会学』、碓井孝介『偏差値35から公認会計士に受かる記憶術』、『「男はつらいよ」寅さんロケ地ガイド』、週刊「昭和の鉄道模型をつくる」、ジミー大西『トーテンくんのオーケストラ』などがある。

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