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マチュピチュ

明けましておめでとうございます。

現在私は、ペルーからアメリカ・アラスカ州への大移動を終え、フェアバンクスで年越しをしました(ついでに大晦日に42歳になりました)。

ブログのほうは、話がクスコ到着までで途切れていたので、その後のペルー滞在について記します。

クスコに着いてからも、風邪と高山病で体調があまり上向かなかった私は、訪問場所をマチュピチュなど数ヶ所に絞りました。

25日には、列車とバスでマチュピチュに日帰り旅行。
ここも20年ぶりの再訪なのですが、初回ほどではないにせよ、その美しさと威容に息を飲みました。
よく写真で紹介されるアングルから2時間ほどぼんやり眺めていたのですが、「よくこんな所に街を作ったな」と思います。

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かつてマチュピチュは「スペイン軍の攻撃から逃れるため造営された」と言われていたような気がするのですが、どうもスペイン侵攻以前からインカ帝国の離宮だったらしい。

離宮だとすれば、奈良の吉野に少し似た場所のように思えます。
吉野も山の尾根づたいに造られた町で、源義経や後醍醐天皇が逃げ込んだ「避難所」としての役割があったからです(場所は少し違うと思いますが、後に天武天皇となった大海人皇子が隠棲したのも吉野山の近くです)。

そしてクスコでは、市内の「12角の石」や、郊外の要塞跡である「サクサイワマン」などを訪問しました。
いずれもインカ文明のすぐれた石材加工技術を見ることができます。

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(12角の石)

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(サクサイワマン)

クスコは、とくに中心のアルマス広場周辺が、リゾート地のように発展していました。
広場に面したレストランは、1食30ソル(900円)超が当たり前という雰囲気で、私も宿の人に安めのレストランがどこか聞いてから向かわなければいけませんでした。

いわゆる「ディスコ」もあって、私も一度だけ他のツーリストに連れていかれました。酒を飲んだ後、そんなところで踊れば高山病が悪化するのは目に見えていたのですが、「どこじゃいな、ここは?」と思いながらも、少し踊らされました……。

そんなこんなで、結局なかなか体調が回復せず、「この先の強行軍を考えると少し休まないとダメだ」と思いが至り、27日にクスコから飛行機で首都のリマ(とりあえず標高が低い)に移動したのです。

リマでは「当山ペンション」という日系人経営のホテルに投宿し、ナスカの地上絵遊覧飛行やリマ市内の観光などはまったくしないで、2日間を完全休養に充てました。

30日未明の飛行機でリマからアメリカ合衆国のヒューストンに、そして飛行機を乗り継いでシアトルに移動しました。

シアトル市内で、アラスカの寒さ対策としてダウンジャケットとインナーパンツ(登山用のズボン下)を購入し、ホテルで仮眠をとった後、31日の午前3時に空港に向かい、アンカレッジを経由して昼にフェアバンクに到着したのです。

※この後に向かう、フェアバンクス近郊の山小屋(オーロラ観測拠点)にネットが通じていない可能性があり、次の更新が遅れるかもしれません。
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高原列車

プーノからクスコまで、列車に乗りました。

ここは、テレビ番組「世界の車窓から」でも取り上げられる名路線です。
アンデスの山々を眺めながら、標高4000メートルを超える高原を列車が走るのです。

かつては、観光客と地元の人が同じ列車に乗って盗難も多かったのですが、今では観光客専用の列車が走っています。

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(ラウンジカーでのフォルクローレ公演)

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この列車は「アンデス・エクスプローラ」といって、プーノ~ラパス間の料金が143米ドルします(バックパッカー向けの車両は廃止されていた)。

正直言って、私は観光用の「豪華列車」が好きではありません。

「格差社会」そのものに違和感があるからです。

といっても、鉄道はこれしかない。
他の移動手段はバスになるので、仕方なく乗りました。

20年前は地元の人も乗っていた列車に観光客だけで乗るのは不思議な感じがしましたが、風景は昔と変わることなく美しかった。

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高原と山、それらが牧草地や農地と織り成す光景が美しい。

乗客は、やはり裕福な外国人が多かった。
4人掛けの席で、相席になったのはアイルランド人の3人連れ。ひとりはロンドンの銀行で働いているのですが、「CEOは首になったけど、僕は大丈夫」と言ってました。もうひとりは新興SNSのCEOだそうで、私に「日本でのパートナーになるか、パートナーになれそうな人を紹介してくれないか」と言ってきました。
「おいおい。ここは東京ミッドタウンでの異業種交流会かよ?」と思ってしまいました。私は、豪華列車にそこはかとなく漂う「上昇志向」が嫌いなのかもしれません。

それでも色々と面白い人が乗っていて、通路向かいのフランス人は「ミレー」ブランドで知られるアウトドア用品メーカーの、日本法人の幹部でした。
「この人なら、フランス人と日本人の働き方の違いを知っているに違いない」と思って色々と話を伺いました(彼の恋人に日仏翻訳してもらいながら)。

私の一番大きな関心事である「ヨーロッパ人は長期休暇を取れるのに、なぜ日本人は取れないのか」に関しての答えはこうでした。

「フランスでは、休暇は年7週間。休みを取る際にかならず代理の人を立てて、業務はその人に任せます。あと、夏のバカンスシーズンは仕事が動かない前提で社会が成り立っていることもあるでしょう」

「皆がバカンスを取る」という前提で、仕事をカバーしあう態勢があるかどうかが、カギのようです。
それで、フランス人の労働生産性が日本人より劣るという話は聞いたことがないので、どうして彼らにできて我々にできないのか、不思議な気がしました。

あと、「フランス人はパリでは誰もフリースを着ないのに、昨日プーノで会ったフランス人は全員フリースを着ていた。なぜペルーでは着ているのか?」と、聞くと「フランス国内では暖かくて便利なだけの安物の服と思われていて、郊外に住んでいるような人(=移民や外国人労働者)しか着ない。ただアウトドア用品としては認められているので、旅行に出れば着ます」とのことでした。

日本人はフリースにあまり偏見を持たず町中で着ているのに、フランス人は変なところで意地を張るんですね。
それでセーターの上から着古したジャンバーやピーコートを着て、寒そうに歩いています。

これもお国柄というか、国民性の違いなのでしょう。

という訳で、「豪華列車は好きではない」のですが、それなりに楽しみました。

ただ、私としては地元の人が乗る1等車か、バックパッカーが乗るくらいの気軽な列車のほうが性に合っているのですが……。

プーノのレストランで

更新が遅れてすみません。

風邪は寝込むほど悪くはならなかったのですが、高山病と併発したのでなかなか体調が戻らず、ペースを落として旅行していました。

プーノではチチカカ湖に浮かぶウロス島を訪ねました。

ここはトトラという葦を重ねて浮島を造り、その上にインカの末裔が家を作って暮らしているのです。
世界でも珍しい生活様式で、テレビなどでもよく紹介されています。

20年前は割と素朴な雰囲気だったのですが、見事に「観光地化」されていました。
草製の家数が増えて、新しく立派になっていたのです。

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まあ、マチュピチュが世界遺産中屈指の人気を集めるようになって、この辺りに来る観光客が増えたので、商業化は致し方ないのかもしれませんが、少し興醒めしました。

プーノの町も、中心街が歩行者天国になり、一見清里や軽井沢のようなリゾートに変貌していたので.す。
ツーリストポリスが大勢立って警戒しているせいか、治安も随分良くなったようです。

長旅の疲れもあって、アスンシオンやラパスでは日系のホテルに泊まって日本料理店で食事をしていたのですが、プーノではヨーロッパ人旅行者を誘って、しばしば食事に行きました。

私が南米大陸に来る前に、ヨーロッパに滞在していたことを話すと、「何を見たか」「どう感じたか」を聞かれます。

イギリス人にアムステルダムの印象を聞かれ、前掲のブログで書いたように「パリよりもエスニックの表情が明るかった」と答えると、「パリの黒人や中東系の表情が暗いのは、サルコジ大統領の移民排除政策のせいだよ。彼はファシストだから」と説明されました。

フランス人に「パリで何を見たか」と聞かれ、デパートで見たデモの話(その引き金が営業時間の延長であることを含めて)をすると、「それは、サルコジの経済政策のせいだよ」とまたまた批判。

どうもサルコジ氏の評判は良くないようです。

そのフランス人旅行者によると、「サルコジは身長が低いので、かさ上げする靴を履いている」とのこと。

「ファシスト」で「シークレット・シューズ愛用」?
まるで東アジアのどこかの国の「偉大なる指導者様」のようです。

まあ、民主主義の国で、選挙で選ばれた大統領だから、そんなにひどくはないと思いますが……。

でも、ジョージ・ブッシュ(ジュニア)がいるから、そうとも言えないか?

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(フランス人旅行者と。皆、フリースを着ていた。その理由は次回ご説明します)

風邪と親切

19日にラパスを出た私は、バスでペルーのプーノに向かいました。

このラパスから、プーノ、クスコ、マチュピチュまでの旅路は、20年ぶりの再訪になります。
前回旅をしたとき、ここはすごく良かった記憶があるので、今回も行程に組み入れました。

ラパスからプーノまで、バスは高原のなかを走り、車窓からは深い青色(藍色か紺色に近い)のチチカカ湖が眺められます。
この青色というのは本当に美しくて、透明でかつ黒みがかっていて、見ていると心が洗われたのです。

高度があるので大気が薄い分だけ太陽光線が屈折しきれず、空が青黒いので、湖面もそれを反映して深い青色になるのです(それはここだけの現象ではなく、パミール高原の空や湖もやはり青黒くて綺麗でした)。

今回もそのチチカカ湖に期待していたのですが、バスのルートが替わっていたのか車窓から湖があまり見えなくなっていたのと、雨季で雲が多くて湖面の色もさほど美しくありませんでした。

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(ボリビア側の高原の道)

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(国境の露店)

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(バスから見えるチチカカ湖)

さらに折悪く、ラパスで風邪をひいたのがこのバスで悪化して、プーノに到着したときは、熱が上がってダウン寸前になっていたのです。

世界一周旅行というのは独特の難しさがあって、暑い場所、寒い場所、乾燥地帯と環境が次々と変化します。
上海は涼しくて、アジアを南下するにしたがい暑くなりました。イエメンは昼が暑くて夜はかなり涼しい。ヨーロッパは昼も夜も寒い。ブラジルに行くと真夏。暑さはボリビアのサンタクルスまで続きました。ところがラパスは標高3700メートルなので曇っている日中や夜は、かなり寒いのです。

旅に出てから50日。これまで体調には気を配っていたのですが、ラパスで高山病と相まってついに崩れたのです。
ラパス到着日に長い時間、寒い中で空港で荷物を待っていたからかもしれません。

ラパスのバスターミナルで出発を待っているときに悪寒がして、最初は高山病でしんどいのかと思っていたのですが、バスが出発してから「これは風邪だ」と気がつきました。

プーノまでは5時間だったで、そのまま向かってプーノで療養することにしたのです。

プーノに着いたのは夜で、バスターミナルからタクシーに乗り、オスタル・ヴィレーナという宿に転がりこみました。
夜は発熱などで苦しくてよく眠れず、今後の旅程も含めてどうしようかと悩みました。

ここからマチュピチュまではすでに行ったことがある訳で、最悪の場合放棄してもいい。
旅行先で体調を崩すと日本に帰りたくなるのですが、「とりあえずここは静養優先で回復に努めて、アラスカには何とか行こう」と気を取り直して眠りについたのです。

このオスタル・ヴィレーナは町の中心部からは2ブロックほど離れていて、レストランが併設されておらず、昼食と夕食は歩いて食べにいかなくてはいけません。自身に熱があって、かつ雨がよく降るので、あまり療養に向いた宿ではありませんでした。

目が覚めて朝食を食べたあと、ホテルのフロントに相談しました。
「今、風邪をひいていて熱がある。昼と夜に2ブロック歩いてレストランに行くのが難しい。なのでレストラン併設のホテルに移りたい」と。
知ってるスペイン語(出発前にJTBの担当者と、友人のキューバ系日本人から基本的なレッスンを受けていた)と、ガイドブックの旅行会話集を総動員して窮状を訴えたのです。

そして、「地球の歩き方」を出して、レストラン併設のホテルを示し「電話を貸してほしい」と頼みました。
すると、フロントマンは気持ちよくそのホテルに電話をかけて、予約まで入れてくれました。

11時半頃、お礼を言ってチェックアウトし、すごく近距離なのですがタクシーに乗って移動しようとしたところ、「すぐ近くだよ。荷物を持ってやるから一緒に行こう」と、フロントマンが付き添ってくれたのです。

これは、結構うれしかったですね。
助かりました。

移動先の「オスタル・モンテレイ」で1日静養して、食事も併設のレストランで摂り、寝込むような症状の悪化は何とか避けられたのです。

※これまでの記事で、訂正があります。
ブラジル編で「物価が高い」旨の記述があり、その具体例を1レアル50円で換算していたのですが、どうもサンパウロ空港の銀行で、相当悪いレートの交換をさせられていたらしく、後で調べると1レアル40円弱が相場でした。


プロフィール

浅井潤水(じゅんすい)

Author:浅井潤水(じゅんすい)
大阪生まれ、5歳より18歳まで奈良で育つ。大阪の大学を卒業後、東京の出版社に就職。総合月刊誌、写真週刊誌、ワンテーマ・マガジン、新書、文庫などの編集に従事した後、現在は知財・契約管理部門勤務。
おもな担当書に、下川裕治『格安エアラインで個人旅行が変わる!』、鳥塚亮『いすみ鉄道公募社長 危機を乗り越える夢と戦略』、松尾貴史『ネタになる統計データ』、小篠綾子『コシノ洋装店ものがたり』、吉田友和『スマートフォン時代のインテリジェント旅行術』、坂井優基『現役機長が答える飛行機の大謎・小謎』、三浦展・菊入みゆき『職場で“モテる”社会学』、碓井孝介『偏差値35から公認会計士に受かる記憶術』、『「男はつらいよ」寅さんロケ地ガイド』、週刊「昭和の鉄道模型をつくる」、ジミー大西『トーテンくんのオーケストラ』などがある。

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