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人生がどうでもよくなる街

ブラジル。
アムステルダムから約12時間のフライトを経て、やってきました。

南米大陸に足を踏み入れるのは、20年ぶりです。
前回来たとき好きになって、1ヵ月半の予定を2ヶ月に延ばして周遊したのですが、就職してからはやはり遠くて、久々の訪問になりました。

何せ日本からは片道約24時間(日本航空の東京-サンパウロ線)かかりますからね。
ビジネスクラスならともかく、エコノミークラスでは苦行です(飛行機での移動は、低気圧と低湿度、窓景が単調なせいか、同じ時間の陸路移動より疲れる気がします)。

今回の到着都市はサンパウロ。
ブラジル随一の商業都市であると同時に、日系人街(正確には東洋人街リベルタージ)があることでも有名です。

前回訪問した際は、ブラジルが年1000%のハイパー・インフレに陥っている時期で、現地の人も資産防衛のためにアメリカドルを購入し、そのため為替レートがドル高に振れて、ドルを持っていた私には物価が安い国でした。

北米大陸での貧乏旅行に疲れていた私にとって、おいしい和食が安く食べられるサンパウロは絶好の休息地でした。
丸1週間安宿に泊まって、ほとんど観光もせず、ご飯を食べ続けていたのです。

今回も「あの安くておいしかった和食を」と期待していたのですが、まず物価が高いことに愕然としました。実走25キロの空港バスが28レアル(1400円)。日本料理店でてんぷら定食を食べると30リアル(1500円)。マクドナルドのビッグマックのセットが13リアル(650円)。

物価水準は日本とほぼ同じかやや高めで、現地の人々の生活レベルを考えると、為替がレアル高に振れすぎている気がします。

日系人街を歩きました。日系人らしき人は10人に1人くらいで、20年前と比べると明らかに日本らしさが薄らいでいます。日系人の多くが、日本に出稼ぎに出るようになったため、サンパウロではあまり見かけなくなっているようです。

店にいる日系人でも日本語の話せない人が多い。
考えてみれば、移民が海を渡ったのは戦前と戦後しばらくの話で、2世や3世はブラジルで生きるためにポルトガル語を母国語にしているからでしょう。

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(日系人たちも、仕草が現地化している)

では日系人街が寂れているのかというと、そんなことはなくて、ふつうのブラジル人が大勢やってきます。横浜の中華街に、日本人が訪れるのに似た状況になっているようです。

道で立ち話をした日系2世のヨシオカマコトさんによれば、「日本文化がブラジルに浸透して、関心を持たれるようになった」とのこと。そういえば日本料理店でも、ブラジル人がふつうに箸を使って、刺身や寿司を食べていました。

ただし、日本料理はオリジナルの味を知っている1世が減ったせいか、ブラジル人向けにアレンジされているせいか、私にはやや味が落ちたような気がしました。

サンパウロに1泊した後、バスでリオデジャネイロに移動しました。

リオデジャネイロは、私の人生観に影響を与えた街です。

20年前、1000%の超インフレで国家経済はほとんど破綻していたはずのブラジル。しかしリオデジャネイロでは、若者たちがワーゲンのボロ車から身を乗り出して楽しそうにドライブしていました。
街を歩く人々の雰囲気も明るかった。

一方の日本。当時はバブル真っ盛りで、一人当たりのGNPはスイスに次いで世界2位だったと思います。でも、日本で成田空港から電車に乗ると人々が疲れた顔をしている。

前回訪れたのリオデジャイロで、国家経済の好不調と、国民の幸福度はあまり関係ないような気がしたのです。

もちろん、経済状況がいいと人々の表情は明るくなるのがふつうです。

日本の場合、長すぎる労働時間、職場から遠すぎる自宅、周囲の意向を気にしすぎる国民性など、経済指標で表れない何かが、人々を疲れさせていると思ったのです。

で、日本人の国民性や労働慣習は一朝一夕には変化しないだろうけど、私は「もう少し脳天気に生きよう」と。そう心に決めて、この20年間を過ごしてきました。

久しぶりのリオデジャネイロ。
人々は相変わらず楽しそうに、生きていました。
ここ数年、経済状態が良かったので、影の部分がさらに小さくなっているようでした。

リオデジャイロがいいのは、大都市でありながら、世界屈指の景勝地でもあることです。
コパカバーナのビーチには大胆な水着を着た人が闊歩しているし、コルコバードの丘からの眺めは、私の知る限り世界一の都市景観です。

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(コパカバーナ)

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(コルコバードの丘からの景観)

コルコバードの丘から景色を見ていると、なぜか「人生がどうでもよくなる」気分に襲われます。
こんな陽気な人々と、美しい景観を見ると、東京であくせく働くのが馬鹿みたいに思えてくるのです。

もちろん、リオデジャネイロの人にも暮らしや労働はあるし、私がここで遊びたければ東京であくせく働くのが一番近道なのは判っているのですが……。

この街に来られるのも、人生であと1度か2度でしょう。
それが10年先なのか、20年先なのかは判りませんが、また訪れる日を楽しみに生きていたいと思います。
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プロフィール

浅井潤水(じゅんすい)

Author:浅井潤水(じゅんすい)
大阪生まれ、5歳より18歳まで奈良で育つ。大阪の大学を卒業後、東京の出版社に就職。総合月刊誌、写真週刊誌、ワンテーマ・マガジン、新書、文庫などの編集に従事した後、現在は知財・契約管理部門勤務。
おもな担当書に、下川裕治『格安エアラインで個人旅行が変わる!』、鳥塚亮『いすみ鉄道公募社長 危機を乗り越える夢と戦略』、松尾貴史『ネタになる統計データ』、小篠綾子『コシノ洋装店ものがたり』、吉田友和『スマートフォン時代のインテリジェント旅行術』、坂井優基『現役機長が答える飛行機の大謎・小謎』、三浦展・菊入みゆき『職場で“モテる”社会学』、碓井孝介『偏差値35から公認会計士に受かる記憶術』、『「男はつらいよ」寅さんロケ地ガイド』、週刊「昭和の鉄道模型をつくる」、ジミー大西『トーテンくんのオーケストラ』などがある。

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