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「太陽の塔」

8月中旬、大阪へ帰った際に、「太陽の塔」を観てきました。

「太陽の塔」は、1970年に開催された日本万国博覧会の際に制作され、万博終了後も取り壊しを免れて残っていたのですが、近年内部の修復が行われ、昨年3月から内部の再公開が始まっていました。

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ただ、再公開当初は見学の予約を入れるのが難しく、行けるタイミングを見計らっておりました。

開始から1年が経ち、時間帯を選ばなければ予約できるようになったため、足を運んだのです。

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予約された時間に入場すると、岡本太郎さんの描いた塔のイメージ図が展示されていました。

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テーマ館の展示プロデューサーだった岡本さんは、お祭り広場の真ん中に、一目で分かるような造形を置くことを提案したそうです。
しかし、建物の設計を担当した丹下健三氏は、万博のシンボルタワーが別にあることを理由に拒否。
会議の最中、丹下氏と岡本さんの議論が昂じて、各々の弟子を交えた殴り合いの喧嘩になったとのこと。

通産省の官僚だった堺屋太一氏らが調整して、丹下氏の設計する大屋根から「太陽の塔」が突き抜ける形にすることで、実現に漕ぎ着けたのです。

塔の内部には「生命の樹」という作品が収められています。

生物の進化の歴史を、下から上に模型を配置しながら、追体験できる構成になっています。

万博のテーマが「人類の進歩と調和」だったので、進化に絡む展示にしたのでしょう。

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そこは、まさに「岡本太郎ワールド」でした。

私は子供の頃から岡本太郎さんの作品が好きで、高校時代には展覧会に行っていました。
そこからピカソやダリに興味が広がり、現代アート全般が好きになり、瀬戸内や越後妻有の広域芸術祭に足を運んでいます。

雑誌や書籍の編集者として、デザインを考えることもあったのですが、現代アートの影響を受けていると思います。
岡本太郎さんが高く評価をした、ジミー大西さんの絵本を編集したこともありました。

そういう意味で、岡本太郎さんの芸術は私の「原点」のひとつなのですが、今回、その凄さをあらためて実感したのです。

ちなみに、私は彼のオブジェ(造形作品)と、言葉がとくに好きです。

岡本さんの言葉を聞くなら、川崎市の岡本太郎美術館がいい。

久しぶりに、川崎へ行ってみようかと思いましたね。
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西安、華山、そして北京

前記事の続きです。

チベットの拉薩から再び青海鉄道に乗って、西寧へ。
西寧駅で高速鉄道に乗り換えて、西安に向かいます。

西安を訪ねるのは、21年ぶり。
前回は、パキスタンのイスラマバードから、ヒマラヤ山脈の峠を越えて、シルクロード経由でたどり着きました。
西安にはいつも、辺境を旅した後、立ち寄っているような気がします。

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西安は旧市街が城壁で囲まれていて、高速鉄道の駅から地下鉄で市内に入った私は、城壁内のゲストハウスに投宿しました。

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城壁の内側に沿って歩くと、心なしか『進撃の巨人』の登場人物になったような気がします。
日本でも、平城京や平安京など、西安(かつての長安)をまねて作った都はありましたが、ここまで強固な城壁には囲まれていませんでした。
せいぜい土壁で囲まれていた程度だと思います。
そう考えると、日本と中国の、そもそもの国力の差を感じてしまいます。
人口やら耕作可能地の差を考えると、当然とも言えるのですが。

西安ではまず、大雁塔を訪れます。

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64メートルの高さがあるこの塔は西暦652年に建てられ、三蔵法師がインドから持ち帰った経典が保存されているそうです。
塔に登ることもできるらしいのですが、入口には長蛇の列で時間がかかりそうだったので、断念しました。

午後は、市街の中心部にある鐘楼を訪ねます。
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日本の平城京や平安京では、都の中心部に時を告げる鐘楼を置くという話は聞いたことがありません。
西安でも、明の時代になってから設置されたようなので、中国古来の伝統的配置ではなく、西洋の影響があるかもしれません。
時間を管理することによって、政権の権威を高める狙いがあるのかも。

鐘楼は、交差点の中央に設置されているので、東西南北の街並みが一望できます。
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まあ、ちょっと「ヨーロッパの都市みたいだ」と感じたのです。

で、夕方には市街を囲む城壁の上を歩きました。
入場料が結構高いので、歩いているのはほとんど観光客だと思われますが、散歩をするにはなかなかよい場所です。

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歩いていると、妙に古びた街並みが残っている一角を発見。
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古い街並みをあえて遺して、一部をリノベーションし、おしゃれな若者と観光客を集めているようです。

翌日は、高速鉄道に40分ほど乗り、景勝地の華山に向かいます。

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華山北という駅から、バスとロープウェイを乗り継ぎ、山頂付近の駅から山歩き開始。

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岩山が屹立していて、中国らしい風景です。
山水画っぽいと言うべきか。

それはいいのですが、山道は中国人観光客であふれています。

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中国の「人口圧」を感じてしまいます。

華山の周遊ルートに、「長空桟道」という、スかなりリリングなスポットがあり、事前のリサーチで次のような写真を見ていたので、楽しみだったのですが……。

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さすがにこの観光客数で、こんな冷や汗ものの通路を歩かせると大渋滞するからか、きちんとコンクリートで固められた歩道に、改修されておりました。

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しかしこれでは、高所恐怖症ではない私にとって、楽しくもなんともないのですが……。

そんなこんなで、アップダウンのある周遊コースを4時間ほど歩きます。

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そして、40分待ちのロープウエイに乗り、バスと高速鉄道を乗り継いで、夜に西安へ戻ったのでした。

西安で3泊した後、高速鉄道で北京に向かいます。

今回、北京は帰国の飛行機に乗るため、1泊しただけでした。
たまたま、予約しておいた宿が、胡洞(フートン)と呼ばれる旧市街にあり、路地の散策が楽しめました。

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中国でも近年はこういう街並みがなかなか見られなくなり、レトロな風景を活用した町おこしがなされているようです。

日本でも「昭和の街並み」が観光資源になるようなものなのでしょうね。

そんな訳で、成都から始まったゴールデン・ウイーク中国の旅は、西寧、ラサ、西安、華山、北京を経て終わりました。
主な目的はチベットのラサと西蔵鉄道だったのですが、チベットに関わる部分のコストが割高なため、結果的にはあちらこちら行くことになったのでした。

いつものように移動ばかりの旅になりましたが、現代中国の様々な面を垣間見られて、面白かったような気がします。

まあ、どう見ても、チベットは漢民族に浸食されているように見えるのですが。……

チベット

ゴールデン・ウィークに、中国のチベット自治区などを巡ってきました。

チベットは、ラサへの鉄道が開通した2006年から訪れる機会をうかがっていたのですが、鉄道チケットが入手困難だったり、グループでないと入域許可証が出ない時期があったりで、延び延びになっていました。

それがここ数年、中国の鉄道チケットがインターネットで購入できるようになったので、行ってみることにしたのです。

中国本土は現在、日本人は基本自由に旅行ができるのですが、チベット自治区は別扱い。
宿泊先とガイドの手配をしたうえで、旅行会社経由で入域許可書を発行してもらう必要があります。

日本の旅行会社で手配すると料金が高くなるので、成都にある「四川省中国省青年旅行社」に手配を依頼します。
チベット手配に慣れている会社で、日本語での相談ができます。

ラサに夜到着、2日目は市内観光、3日目の朝にラサ出発という旅程で、ホテル代、食事3食、ガイド代と観光地の入場料、チベット自治区の入域許可証発行手数料込みで10万8000円でした。
ふだんの旅行と比べると、割高な出費となります(ちなみに何人かで一緒に行けば、一人当たりの費用はもう少し安くなる)。
が、こうしないとチベットには行けないので、出費は仕方ないかと。

4月27日、成田から成都に向かいます。
成都で、旅行会社から入域許可書を受け取り、少し市内を観光します。

訪れたのは武候祠。蜀の軍師・諸葛亮を祀った場所ですが、劉備、関羽、張飛も祀られています。
日本でも、漫画などで『三国志』の知名度は高いですが、本国でももちろん有名で、多くの来場者で賑わっていました。
ちなみに、諸葛亮や劉備の像に祈っている人はおらず、信仰の対象にはなっていないようでした。

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(諸葛亮の像)

その夜、成都から夜行列車に乗って、青海省の西寧に向かいました。
青海省はチベット自治区の手前にあり、西寧も2300メートルの高地にあります。
西寧の後、標高3700メートルのラサに行くので、準高地の西寧で身体を慣らしておこうと思い、日中9時間ほど過ごしたのです。

西寧は、シルクロードの中継地でもあり、イスラム教徒である回族も多数暮らしています。
市内にはイスラム寺院もあり、なかなかエキゾチックな雰囲気が漂っていました。

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西寧の安宿でシャワーを浴びてひと休みした後、ふたたび列車に乗ってラサを目指します。

西寧→ラサ間の路線は「青蔵鉄道(青蔵鉄路)」と呼ばれ、標高5000メートルの世界最高所を走る旅客列車として、人気があります。私がこれまでに乗車した鉄道でもっとも高所を通っていたのが、ペルーのプーノとクスコ間の鉄道で、標高4300メートルだったので、今回、「究極の高原鉄道」を楽しみにしていたのです。

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標高が高く、雨が少ないせいか、樹木はほとんどなく、草原が多くの面積を占めます。
4月末というのに、池や川は氷結していることもままあります。
さすがに日中は氷点下ということはないのですが、冬の寒さが厳しいせいか、氷がなかなか溶けないようです。

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延々と続く高原の車窓を眺めて思ったことは、「こんな場所に、よく鉄道を通したな」ということです。
どう見ても人口密度は低いし、これといった産業もないせいか、貨物列車もそれほど見ません。
中国本土からの観光客は1日6~7本の列車に数多く乗っているので、それで採算を取っているのかもしれません。

ちなみに、往路は2等寝台(硬臥)が取れず、1等寝台(軟臥)を使ったのですが、乗客はほぼ漢民族でした。
どちらかと言えば、漢民族によるチベットへの同化政策で、鉄道が通されたような気もします。

列車は4月29日の夕方に、ラサ到着。

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ラサ駅でガイドにピックアップしてもらって、ホテルに送ってもらいました。

30日はガイドと一緒にラサ市内観光。
ポタラ宮、ジョカン(大招寺)などを訪ねます。

ポタラ宮は、チベットの象徴的な建物として有名ですが、小高い丘を覆うように建てられた複雑な造形は、やはり見応えがあります。

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標高3700メートルの空気の薄いラサで、さらに全高110メートルのポタラ宮を登っていくのは、息苦しかった。
登った先の宮殿内部もチベットらしい雰囲気に満ちていたのですが、残念ながら撮影禁止でした。

思ったのが、ポタラ宮が王宮なのか宗教施設なのか、判然としないこと。
元々チベットの最高指導者は、ダライ・ラマなのですが、世襲ではなく、域内で宗教指導者として選ばれた人が就任するので、ふつうの王族とは異なります。
政教一致というか、ローマ法王がバチカン市国の元首も兼ねるようなイメージかもしれません。
で、ポタラ宮も、政務を行う場所と、祈りや修行を行う場所が、混在しているのです。
宗教的権威と、政治的権威が一体化するのは、昔はよくあったので、それほど不思議ではないかもしれませんが……。

午前にポタラ宮を見た後、旧市街で昼食。
ラサの旧市街は、一見チベット風の装飾が施されています。
チベットの伝統的な町並みのようにも見えるのですが、実際には鉄筋コンクリートのビルに、チベット風の装飾が施されているだけでした。

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中国でもカシュガルや麗江などの旧市街は、ずっと昔からの景観を保っているのですが、ラサの場合は、たんにチベットをイメージした町並みなのかもしれません。

チベット料理も食べました。
チベット風焼き飯と、アラカルトを1品頼んだのですが、正直、あまりおいしくはありませんでした。
作物が限られるので、料理文化が深化しなかったのかもしれません。

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午後はジョカン(大招寺)へ。
ラサのチベット仏教寺院として、もっとも歴史と格式があります。

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ここも建物内部は撮影禁止でした。
ただ、一般のチベット民族が礼拝している堂宇だけは、特に規制がなかったようなので、写真を撮ってきました。

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チベット仏教の礼拝は、「五体投地」といって、立礼から身前に体を投げるように倒して伏します。
私も世界のあちこちで人々が礼拝する姿を見てきましたが、チベット仏教の礼拝は、相当激しい部類に入るような気がします。

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たまたま居合わせた団体旅行の日本語ガイドの話では、チベットの他の地域から、五体投地をしながらラサのジョカンを目指す巡礼者もいるそうです。
私も実際にラサ市内で、五体投地をしながら、尺取虫にように前進している巡礼者を見ました。

2年前に、同じようにチベット仏教を信仰しているインドのラダックを訪ねたことがあったので、ラサの建物には既視感があったのですが、ラダックでは人々が五体投地している姿はあまり見ませんでした。
なので、ジョカンで多くの人々が五体投地をしている姿を見て、ようやくチベットに来たという感慨が湧いてきたのです。

ただ、最初に述べたように、ガイド付きのチベット滞在は、かなりの費用を要するので、感慨に浸る余裕もあまりなく、翌朝にはラサを離れた訳なのですが。

話が長くなるので、この旅の後半部分は、稿をあらためることにしたいと思います。

「本当に日本へよく来る外国人」はどこの人?

今回は、自分の旅の話ではなく、余談をちょっと。

近年は、東京でも京都でも大阪でも、町中で外国人観光客を数多く見かけるようになりました。

アジアから来る人が多い、と誰もが感じていると思うのですが、ではどの国の人が頻繁に訪れるのでしょうか。

訪日旅行者の絶対数で言えば、中国(838万人)、韓国(753万人)、台湾(475万人)、香港(220万人)、アメリカ(152万人)、タイ(113万人)の順になります。

しかし中国と韓国では、元々の人口が全然違うのですから、どちらの国の人が頻繁に日本に来ているかと言えば、韓国人のほうが来ていることになります。

そういう観点で、そもそもの人口を勘案して、訪日客数を眺めてみます。

・香港(訪日客数220万人-総人口745万人・29%)…人口当たり訪日客数のトップは香港です。これは、香港のエリアが狭く、旅行に行くにせよ、域外に行く傾向が顕著なことと、所得水準が高いのが理由でしょう。

・台湾(訪日客数475万人-総人口2362万人・20%)…2位は台湾。ここも台湾のエリアがさほど広くなく、所得水準も比較的高いこと。さらに親日的な人が多いこともあると思います。

香港と台湾は、繁体字文化圏なので、日本語の漢字も容易に読み解けることがあるかもしれません。

・韓国(訪日客数753万人-総人口5098万人・14%)…3位は韓国。日本への地理的な近さと、所得水準の高さが寄与していると思います。

・中国(訪日客数838万人-総人口14億951万人・0.5%)…絶対数1位の中国は、総人口が多すぎて、訪日比率は小さい。中国国内に観光資源が多いこともあるかもしれません。

・タイ(訪日客数113万人-総人口6903万人・1.6%)…最近目立つ東南アジア勢は、タイ、マレーシア、シンガポールが3強。人口比で言えば、シンガポール→マレーシア→タイの順になります。

・アメリカ(訪日客数152万人-総人口3億2445万人・0.45%)…絶対数で欧米系トップのアメリカは、総人口が大きいので、訪日比率は高くありません。国内や近隣諸国に、魅力的な観光地が多いこともあると思います。イギリス、フランスなどのヨーロッパ諸国も約0.5%と、アメリカと同水準です。

・オーストラリア(訪日客数55万人-総人口2459万人・2.2%)…英語圏の国々で訪日客が多いのは、オーストラリア。時差がほとんどないことと、オーストラリアからヨーロッパやアメリカが遠すぎることで、アジアを訪問する傾向が強いのではないでしょうか。季節が逆なので、スキー需要もあると思います。同じ理由でニュージーランド人も多く日本に来ています。

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ともあれ、総人口に対する割合から、今後の「伸び代」を考えると、中国本土からの観光客がもっと増えることが予想されます。
近年、やや経済成長が鈍っていると言っても、年6%はD.G.P.が増しているのですから。

今、中国の観光地を訪れると、中国国内からの観光客でひじょうに混雑しています。
中国人の収入が平均25%増せば(つまり4年後)、もっと多くの中国人が海外を目指すと思われます。
そのうち、何割かは日本に来ると。

何せ総人口が14億人もいるので、いったいどのくらい訪日客が増えるのでしょうか。
タイが人口比1.6%ですから、タイ並みの水準になったとして2200万人。
この水準までは、数年内に上昇するでしょう。

ボトルネックとしては、東京に近い羽田と成田空港がすでに満杯気味であること。
飛行機のドアが閉まってから、滑走路の混雑で、離陸まで40分~1時間かかることが珍しくありません。

一方、関西には、関空、伊丹、神戸と3空港あるので余力があり(関空もまだ満杯ではない)、関西を出入り口に使う中国人が増えるかもしれません。

日本国内の観光地は、好むも好まざるも、中国語対応が必要になると思います。
中国本土の人々は、それほど英語が上手くないからです。
Google翻訳などでも、かなりカバーできると思いますが、筆談の精度を上げるのがスムーズではないでしょうか。
いずれにせよ、今後はさらに中国人観光客をもてなすことが、必要になります。

訪日客による消費は、すでに日本経済の1%を超えているので、もはやインバウンドなしに、経済が成り立たないからです。

中国最北の鉄路

3月9日から13日まで、中国北部を廻ってきました。

このブログでもしばしば取り上げていますが、私は旅行マニアであると同時に、鉄道マニアでもあります。
鉄道マニアにも色々な流派があるのですが、典型的な「乗り鉄」。

30代までに日本の鉄道には9割方乗りつくし、40代までに台湾や韓国の鉄道もほとんど乗ってしまい、日本から週末+αで行ける未乗の鉄道としては中国しかない状況です。

個人的にはタイやインドネシア、ヨーロッパの鉄道も好きなのですが、現地までの往復に時間がかかるのが難。
という訳で、またしても中国へ行ったのでした。

現在、中国の鉄道は予約が楽で、日本からインターネットで決済まで可能です。
日本はJR各社でオンライン予約システムがバラバラで、各社の会員に入会する必要があるので、外国からの旅行者にはひじょうに予約が難しい。実は中国のほうが進んでいるのです。

今回、旅の目当ては、中国最北端の街である、漠河を訪ねること。
中国最北端の漠河駅を目指して、天津から鉄路の旅を始めます。

成田空港から天津空港まで、バックパッカー御用達の春秋航空で飛び、天津駅からチチハル行きの快速列車に乗り込みます。

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たんに、中国最北端の駅を目指すならば、東京から黒竜江省のハルビンまで飛んだほうが楽なのですが、以前に中国東北部を旅行した際、ハルビンの街でタクシーが拾えず、列車に乗り損ねたことがありました。
今回は車窓風景が見られなかった敗者復活戦の意味も込めて、天津から北に向かうことにしたのです。

天津駅から乗った列車は、ウイグル自治区のウルムチ発、黒竜江省のチチハル行きという「3泊4日・66時間」の長距離列車。
日本で言えば、長崎発、博多経由、大阪経由、新潟経由、青森経由、札幌行きと言った感じの、大横断列車になります。

2等寝台の寝具にも、前々夜、前夜の使用感がありました。
まあ、中国の鉄道に「乗客が替わったら、寝具も交換するサービス」を求めるのも無理筋なので、そのまま使います(笑)。

朝、起きると列車は遼寧省の瀋陽周辺を走っていました。
ここから遼寧省、吉林省、黒竜江省の田園風景を見ながら、夕方、チチハル着。

チチハル駅前の、中国式ファミレス「李先生」で夕食を摂ります。

私が中国を旅行するとき、一番よく利用するのが、この「李先生」チェーン。
アメリカで起業したレストランが、中国本土に進出したそうです。

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(挽肉丼セット)

このチェーンで出されるのは台湾料理で、辛くないのがいい。
値段も、町場の食堂よりは高めですが、日本よりは安い。

チチハルのビジネスホテルで1泊した後、漠河に向かう普通列車に乗ります。

中国で面白いのが、普通列車とはいえ、長距離列車には寝台車が連結されていることでしょう。
日本の特急に当たる「特快」には時速160キロ対応車両、急行に当たる「快速」にはエアコン付き車両が充当されることが多いのですが、普通列車はエアコンなしの古い車両が多い。

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といっても、寝台や座席の乗り心地には大差がありません。
日本より線路の幅が広いことと、連結部に油圧ダンパーが装着されているので、かつて日本で走っていたブルートレインより乗り心地がいいのです。

チチハルを午前9時半に出発した列車は、各駅に停まりながら北を目指します。
チチハルの緯度は、稚内より高い北緯47度。

内陸部で夏の気温が上がるためか、耕作地もあるものの、次第に原野のような風景が多くなってきます。

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3月前半だとまだかなり冷え込みため、沿線の水辺も氷結しているのです。

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列車はゆっくりと北上を続け、翌早朝に北緯53度の漠河に着きました。
休息のため市内の宿に入り、昼に漠河市内を少し歩きます。

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ハルビンもそうなのですが、黒竜江省の街並みには、ロシアの影響がかなりあります。
歴史上、黒竜江省全体がロシアに支配されたことはないのですが、日露戦争前は多くロシア人がいたことと、ヨーロッパ建築のほうが寒さに強いことから、中国側が影響を受けたように思われます。

そして昼過ぎの普通列車で、チチハルに向けて引き返します。
車窓から見る白樺林が綺麗でした。

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途中の塔河という街で、いったん列車を降り、駅前で夕食を摂ります。
快速列車に乗り換えて翌朝ハルビンに着き、ハルビンの空港から東京に戻りました。

今回、中国最北端の駅を目指したのは、『中国鉄道大全』(旅行人)という本を読んで、中国最果ての鉄道に興味を持ったからでした。
それ以前、関口知宏さんの「中国鉄道大紀行」(NHKBS)という旅番組を見て、中国の無名なローカル線への憧れがあったこともあります。

日本最北の鉄道は宗谷本線ですが、終点の稚内が陸地の行き止まりになることと、サハリンとの交易が盛んでないこともあって、乗客の少なさや赤字に苦しんでいます。
それに対して、中国のチチハルと漠河を結ぶ鉄道は、チチハル寄りは耕作地、漠河寄りは広大な森林を控えていて、産業資源が豊富にある印象を受けました。ロシアとの交易ルートではないのですが、まずまず栄えています。
列車の本数や、車両の連結数も、こちらのほうが多いようです。

車窓風景はとりたたて美しくもなく、日本の鉄道のように変化に富んでいるわけでもないのですが、何となく中国の勢いを感じる光景が目につきました。

と言いつつ、4月下旬にはふたたび中国に渡ります。
ゴールデンウィークを使っての、チベット旅行。
標高5000メートルを走る青蔵鉄道からの車窓風景は、どんなものなのか。

今、手配を続けています。
プロフィール

浅井潤水(じゅんすい)

Author:浅井潤水(じゅんすい)
大阪生まれ、5歳より18歳まで奈良で育つ。大阪の大学を卒業後、東京の出版社に就職。総合月刊誌、写真週刊誌、ワンテーマ・マガジン、新書、文庫などの編集に従事した後、現在は書誌情報の管理部門勤務。
おもな担当書に、下川裕治『格安エアラインで個人旅行が変わる!』、鳥塚亮『いすみ鉄道公募社長 危機を乗り越える夢と戦略』、松尾貴史『ネタになる統計データ』、小篠綾子『コシノ洋装店ものがたり』、吉田友和『スマートフォン時代のインテリジェント旅行術』、坂井優基『現役機長が答える飛行機の大謎・小謎』、三浦展・菊入みゆき『職場で“モテる”社会学』、碓井孝介『偏差値35から公認会計士に受かる記憶術』、『「男はつらいよ」寅さんロケ地ガイド』、週刊「昭和の鉄道模型をつくる」、ジミー大西『トーテンくんのオーケストラ』などがある。

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