「おもてなし大国」イラン

※すみません。執筆が遅れておりますが、5月25日頃、完成予定です。

ゴールデン・ウィークに、イランへ行ってきました。

イランというと「危険な国」のイメージがあるようですが、実は治安がよく、見どころも多い。

独裁国家でもなく、5月19日に行われた大統領選挙では、穏健派のロウハニ師が再選されています。

私は昨年に、蔵前仁一さんの書かれた『よく晴れた日にイランへ』という旅行記を読んで、行ってみたくなりました。

4月28日夜に成田空港からカタール航空の飛行機に乗り、ドーハを経由して、翌日午後にテヘラン国際空港着。
空港からタクシーと地下鉄を乗り継いでテヘラン駅へ移動し、シーラーズ行きの夜行列車に乗りこみます。

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二段ベッドの寝台車は、昔なつかしいコンパートメント式。
スマホなどの充電用に、コンセントが増設されているのが今風かも……。

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この夜行列車には、日本の列車からは姿を消した、食堂車も連結されています。

車両からは、そこはかとなく社会主義国の匂いが……。
イランはソ連の隣国だったこともあり、東側諸国から輸入した車両のようです。

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出される食事は機内食レベルなのですが、これがなかなかおいしい。
流れゆく車窓風景を眺めながらの温かい夕食は、風情があるものです。

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夜になって寝台で眠り、朝起きると、車窓からは岩山と草原が眺められました。
イラン中部は、乾燥地帯ではあるけれど、砂漠というほどでもない。
時々雨が降るし、農業も営まれています。

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4月30日午前7時、シーラーズ駅到着。

東京から、ドーハ、テヘラン、シーラーズと36時間以上の連続移動だったこともあって、そこそこ疲れました。
テヘランの大気汚染がひどいという情報(長年にわたる経済制裁の影響で、旧型自動車が多い)があったので、テヘラン滞在を避けたのです。

シーラーズ駅下車時に、疲れていたせいか、列車内にガイドブックを忘れて、あわてて取りに行くミスが出ます。

この旅では、終盤でもっと大きな失態を犯すことになるのですが……。

駅からタクシーで宿に向かい、約半日休養。

翌5月1日、最初に向かったのは、マスジェデ・ナスィーロル・モスク。
「ピンクモスク」という愛称もあります。

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イスラム寺院には珍しく、ステンドグラスの装飾が施されていて、とくに朝日が差しこむ時間帯が美しい。

ステンドグラス自体は、キリスト教の教えを庶民に分かりやすく伝えるために発展した装飾らしいですが、イスラム寺院におそらくそこまでの意味はなく、デザインは幾何学模様です。

次に訪れたのは、アリー・エブネ・ハゼム聖廟。
シーア派の聖人を祀る墓堂です。

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内部はモザイク貼りのミラーに光が乱反射して、キラキラしています。

私も、イスラム諸国を何度か訪れていますが、こんなにきらびやかな内装の聖廟は見たことがない。

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このような内装の聖廟は、イラン各地にあるそうです。
イランがシーア派なので、聖廟に対する考え方がスンニ派などと異なるのか、たんにイラン国内での流行なのかは分かりません。

仏教も日本とタイ、チベットでかなり寺院の様式は違うので、それと同じような派生なのかもしれませんね。

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続いて、エラム庭園を訪ねます。
ここはペルシャ様式の名庭園で、世界遺産にも登録されています。

イラン人にとっても有名な観光地らしく、遠足の子どもたちや、民族衣装を着て記念撮影をする夫婦などで大賑わい。

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ここで、イラン人女性グループから「一緒に、記念写真を撮りましょう」と声をかけられ、私のスマホでも1枚自撮りをしました。
何というか、こんなに美しい人々に囲まれて写真に収まることは、生涯最初で最後かもしれません(笑)。
一般にイスラム圏では、女性の写真を撮るのはタブーなのですが、イランでは全然お構いなしです。

その後、バーザーレ・ヴァキールという市場を見物します。
バザールの建物さえも、几帳面なデザインが施されています。

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5月2日、シーラーズから高速バスに7時間乗って、エスファハーンに移動。

エスファハーンは、17世紀から18世紀にかけて、サファヴィー朝ペルシャの都として栄えました。
絹の輸出などで国が豊かだったこともあり、細密画やタイル美術など、ペルシャ芸術が花開きます。

街の中心はエマーム広場。

マジェスデ・シェイフ・ロトゥフォッラーは、王族専用の寺院だったとか。
細密なドームが美しい。

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続いて、マスジェデ・ジャーメ。
この時期の寺院建築の、集大成とも言われます。

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青のタイル装飾が美しい。

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桜と雨と京都

今年は、例年より「お花見が難しい年」だったかもしれません。

桜の開花遅れで、4月1~2日の週末はほとんどの場所で花が満開になっていなかったうえに、翌週末の8~9日は多くの地域で天気が悪かったからです。

桜の満開期(最盛期)は、約3~4日間。
例年、満開と晴天と週末が、一度はどこかで揃うのですが、今年はほとんど揃いませんでした。

まず、4月の第一週末。
埼玉県幸手市の権現堂公園で、桜と菜の花が同時に咲く風景を見ようと思ったのですが、桜が二分咲きだったので断念。

満開情報が出ていた、さいたま市の大宮公園に向かいました。

天候に恵まれ、桜は綺麗だったのですが、よくも悪くもふつうの公園です。

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桜花の下には、花見客のブルーシートや露天商の屋台がひしめいている訳で、写真を撮る際はアングルが「寄り」になってしまいます。

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まあ、これはこれで悪くないのですが……。

翌週末は、関西へ向かいます。
学生時代は、大阪の万博公園などで花見をしていたものですが、就職してからは関西で花見をした記憶がない。

とくに京都は、紅葉の時期には行くけれども、桜の時期は行ったことがなかったので、楽しみにしていたのです。

ところが、日頃の行いが悪いせいか、雨がしとしと降っている。
おまけに、京都の桜も満開になっておらず、満開の情報があったのは南禅寺など一部のみ。

「とりあえず、南禅寺に行くしかなかろう」と思い、地下鉄の蹴上駅から地上に出ます。

琵琶湖疎水のイングライン沿いにも桜並木があり、大勢の観光客で賑わっています。
結構な割合で、中国語圏の人も。

インクラインから、故・佐川清氏や、騎手の武豊氏も住んでいたお屋敷の脇を抜けて南禅寺に到着。
蹴上駅を出て20分くらいの間に、ジーンズの裾と靴がびしょ濡れになります。

南禅寺でも、傘を差したり、三門の軒下で雨を凌ぎながら、桜の花を眺めます。

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そこで、ふと思ったのが、「寺を背景にした雨の日の桜は、意外と絵になる」ということ。

これがふつうの公園だと、雨の日の桜は残念な光景になるのですが、古い木造建築を構図に入れると、しっくりくるのです。

木造建築と、雨と、桜の色が溶け合って、山水画のような幽玄さを醸し出しています。

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これは私にとって、新たな発見でした。

「雨の日の桜は、外れ」と思い込んでいたのですが、そうでもないと……。

これも京都という「場」が持つ、一種の「魔力」かもしれません。

台湾のスカイランタン

2月中旬、台湾へ行ってきました。

以前から、スカイランタンを飛ばす祭に興味があって、当初はタイ・チェンマイの「コムローイ祭」に行きたいと思ったのですが、規模が大きくなりすぎて山火事が起きたらしく、近年は縮小気味だとか。

昨年は地元民向けのイベントは開催されず、観光客向けのイベントのみ。
それもチケットが売り切れたこともあって、断念しました。

それで、アジアの祭に詳しい旅行作家の吉田友和さんに聞いたところ、台湾の十分でも「天燈節」という祭があるとのことで、そちらを目指すことにしたのです。

今回は、ふろさと納税で得たポイントを利用するために、往路はPeachの早朝便を利用してみました。
この便は、羽田空港を午前5時50分発。

自宅から始発電車で向かっても、当然間に合いません。
空港近辺のホテルに泊まっても滞在時間が短いので、空港で仮眠することにしました。

最近は、国際空港の深夜早朝枠の活用にともない、空港での仮眠者が増えています。

これは、既存の空港施設で、より多くの訪日観光客を受け入れるという「国策」の側面もあり、ロビーに横になりやすい手すりのないベンチを入れたり、コンビニを24時間開けたりと、空港側も積極的な対応を進めています。

私も20代の頃は、乗り継ぎの空港で仮眠したことがあったのですが、空港泊は久しぶり。
しかも今回は、搭乗客以外も出入りできるロビーということで、少し身構えました。

貴重品をコインロッカーに入れようかとも思ったのですが、頻繁に警備員や警察官が巡回しているのを見て、たぶん治安は大丈夫だろうと思い、バッグにダイヤル鍵をかけて横になります。

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最初は照明が暗めで静かなベンチを選んだのですが、そこはかなり涼しくて眠れない。
結局、明るくて人の話し声もするけれど、暖かい場所が睡眠に適することが判りました。

ホームレスと同じ発想ですが……。

朝、4時に起きて飛行機に乗り、9時に台北着。
機内でもよく眠ったのですが疲れは取れず、日中は結構フラフラでした。

台北の桃園国際空港に到着した後、路線バスを乗り継いで、三峡という街を目指します。

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三峡は、かつて樟脳や布、茶などの交易で栄えた、客家系の街。
中華風と西洋風をミックスしたような、煉瓦作りの町並みが美しい。
煉瓦は日本から運んできたそうで、当時としても相当贅沢な作りだとか。

街中には道教のお寺もあり、参拝客が熱心に祈る姿が見られます。

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これといった目的もなく、通りをブラブラと歩いてみたのですが、中国本土にもない、他のアジア圏にもない、ヨーロッパ風とも違う、独特の雰囲気があります。

客家といえば、福建省に円形集合住宅(世界文化遺産)を作っていましたが、独特のデザイン感覚があるのでしょうか。

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三峡から桃園駅に戻り、在来線の自強号で高雄へ。
高雄で一泊し、翌日、台東、花蓮経由で、台湾を鉄道でほぼ一周します。

ただひたすら車窓をぼんやり眺めているだけの、「乗り鉄」旅です(笑)。

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(列車内には、中華風の仕切りがある)

台湾2日目の夕方、目指したのは一昨年12月にも訪れた十分という街でした。
十分は、平渓線というローカル線の途中にある街で、商店街に面したストリートが線路という、アジアらしい"いい加減な"風景が見られます。

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線路の上で膨らませているのがスカイランタンです。
風船状の紙袋の中に灯火があり、熱せられた空気の比重が軽くなって、全体が浮き上がるという塩梅です。

この日の夜になって、近くの広場から、100~150個のランタンが一斉に打ち上げられるのが、「天燈節」のメインイベント。

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打ち上げ場所の制約もあって、それほど多くのランタンが上がるわけでもないのですが、幻想的な光景ではあります。

日本では、新潟県津南町でしかスカイランタンの許可が出ないこともあって、この日の十分にも多くの日本人観光客が訪れていました。

何度も見るほどのイベントでもないだろうけど、台湾に行くならこの時期に行くのも、趣があっていいような気がしますね。

熊野古道

私たちが子どもの頃、あまり有名ではなかったけれど、ここ10年ほどで脚光を浴びたスポットとして、「熊野古道」があります。
2004年に高野山、吉野山とともに、ユネスコ世界遺産に指定されてから、知名度が上がったのでしょう。

私も関西出身ながら、住んでいた頃には歩いたことがありませんでした。
今から十数年前に、日本史の雑誌を編集していたことがあって、平安時代の皇族や貴族が盛んに熊野詣をしていた話を知り、「いつか機会があれば、訪ねてみたい」と、思っていたのです。

東京から熊野は、結構遠い。

羽田空港から白浜空港まで直行便で飛べば、時間もかからないのですが、日本航空の単独運航路線で、運賃が割高。
なので、競争の激しい成田-関空線のL.C.C.を利用して、関西空港から鉄道で南下するプランを立てました。

初日は、関空からJRの鈍行列車で田辺市に入り、1泊します。

熊野古道は難波(大阪)から田辺までは、だいたい海沿いルートで南下し、ここから富田川を遡上する内陸ルート「中辺路」で熊野三山に向かいます。

平安京から熊野への直線距離で言えば、奈良から吉野、十津川経由のほうが短いのですが、現在でも2車線の国道を作り切れないほど険しい山岳地帯のため、田辺経由がメインルートとなったようです。

JR紀伊田辺駅前からバスで、発心門王子前に移動。
ここから熊野本宮大社までの、約7キロを歩きました。

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参詣道の跡は、車道に拡幅されている部分もあれば、山道もあり、石畳道もあります。
石畳道などは江戸時代に、紀伊徳川家によって整備されたらしい。

周囲は針葉樹林なのですが、天然林なのか人工林なのかは判然としません。
平安時代人が見た景色は、針葉樹林だったのか、照葉樹林だったのか、どうだったのでしょうか?
まあ、植生が気になった以外は、静かで趣のある道でした。

2時間半ほど歩くと、熊野本宮大社に着きます。

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熊野本宮大社は、社殿が三つ並んで見えるのですが、手前の棟は、第一殿と第二殿が併設されているとのことで、都合四殿から構成されています。
私も神社建築に詳しくはないのですが、熊野本宮大社独特の様式だったかと思われます。

もう一度バスに乗り、河原にお湯が湧いていることで有名な、川湯温泉に到着。
高校2年生のときに、初めての長距離バイクツーリングで泊まった宿に、再泊しました。

翌朝、川湯温泉から、八木駅前ゆきの、路線バスに乗車します。

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このバスは、高速道路を使わない路線バスとしては日本でもっとも長い路線で、和歌山県の新宮市から、奈良県の橿原市まで、167キロを6時間半かけて走ります。
距離の割に時間がかかるのは、紀伊半島南部の山岳地帯を蛇行する川に沿って走るからです。

バスは熊野川に沿って北上。
奈良県に入ると、川は十津川と名称を変えます。
十津川村は、奈良県の約5分の1を占める「日本最大の村」で、2011年夏には土砂が川を塞いでダム湖のようになるほどの、大水害に見舞われました。

そんな十津川村を象徴する景観の一つが、「谷瀬の吊り橋」です。

国道168号線から十津川を挟んだ集落が、自ら資金を集めて1954年(昭和29年)に架けた橋で、観光用を除けば、長さ297メートルと日本最長の吊り橋となります。
架橋当時はまだ林業が盛んで、村人が自分たちで橋を架ける経済力があったのだろうと思います。
ちなみに吊り橋ができるまで、対岸住民はいったん河原に降りて、丸木橋を渡っていたそうです。

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(バスは「谷瀬の吊り橋」で、20分ほど休憩する。休憩中に対岸に渡って写真撮影)

写真にあるように、十津川は谷が深い。
川沿いの国道168号線も、まだ3分の1くらい、1車線の部分が残っています。
バスが1車線の道で四輪車と対面すると、どちらかの車がすれ違える場所まで下がります。

私は、高校2年生のとき、50ccのバイクに乗って、この道を北から南へ走っていました。
当時と比べると、改良はされていているものの、今も険しい道なのです。

バスは、紀伊山地から吉野川(紀ノ川の上流部分、奈良県内での呼称)沿いの五條市に出ます。
川湯温泉から、4時間ほどの道のり。
五條市にはJRが通じているので、バスを降りました。

バスは自分が運転する訳ではないので、少し車酔いしました。
が、久しぶりに十津川の深い谷を見られて、懐かしかった。

紀伊半島南部は山が険しく谷が深く、雨が多い気候もあって、何となく霊気が漂っているよう。
平安時代の皇族・貴族も、この霊気のようなものに惹きつけられて、参詣を続けたのかと。

東日本からは交通の便が悪いのですが、古道をゆっくりと歩けば、歴史の息吹を感じられるかと思います。

ジャワ島

年末年始に、インドネシアへ行ってきました。

インドネシアの旅先と言えば、バリ島を思い浮かべる人が多いでしょうが、以前に行ったことがありました。

今回はリゾートではなく、人々の日常生活を垣間見ようということで、主要都市があるジャワ島を目指したわけです。

成田空港から香港乗り継ぎで、約12時間。
インドネシアは東南アジアでも南方に位置するだけあって、結構時間がかかります。

東京-ジャカルタの直線距離が約5500キロとのことで、東京-大阪の約11倍。
飛行機での長距離移動が久しぶりだったので、ちょっと疲れました。

ジャカルタで1泊して、翌朝の長距離列車でスヤバヤに向かいます。
インドネシアの列車は1等から3等まであるのですが、1等車を予約してあったので、なかなか快適。
田舎町やら田畑やらを見ながら、約9時間でスヤバヤに到着します。

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スヤバヤでも1泊し、翌日の列車でジョグジャカルタへ。前日の路線よりやや鄙びた感じの農村地帯を走ります。

ジャワ島は稲作が盛んで、年中耕作が可能な気候もあって、田植え期、生育期、収穫期など様々な段階の田んぼが混在していました。

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車窓から見ると、浅い水田もあれば、胸まで浸かるような深い田んぼもあります。
で、下手に機械を使うより、人力のほうが安いのか、ほぼすべての農作業が人力で行われていました(耕運機くらいはあるかもしれません)。
実際に農作業をしている人にとっては重労働でしょうが、旅行者からすると、長閑な田園風景に見えるのです。

ジョグジャカルタでは2泊し、ボルブドゥール遺跡を訪ねます。
ツアーバスだと、出発がやたら早くて(午前4時発など)起きられないので、朝はふつうに起きて、路線バスで遺跡に向かいます。

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(ジョグジャカルタの町並み。馬車がまだ走っていました)

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(バスターミナルでは、車上芸人による生演奏が。なかなか上手かった)

路線バスは地元の人との相乗りなのが楽しいのですが、乗り心地が悪く(サスペンションやシートが硬い)、エアコンもなくて、とにかく暑い。
バスが走っていれば、風が入ってきていいのですが、渋滞に嵌まるとサウナ状態。
乗っているだけで、熱中症になりそうでした。

ボロブドゥールは、世界最大の仏教遺跡。

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たしかにスケールは大きいのですが、アンコールワット同様に総石造りで、南国の太陽光をたっぷり浴びて、遺跡全体が焼け石状態。
体脂肪率20%台の私は、ほとんど石焼きカルビのような焼身になったのです。

とりあえず熱中症予防で、大塚製薬が現地生産している「ポカリスエット」を2本飲みます。
地元の人たちのように、傘をさそうかとも思ったのですが、写真が撮りにくくなるので諦め、日焼け止めでしのぎます。

ツアーの出発が早朝なのが、ようやく理解できました。
日中の暑さを避ける意味合いもあると……。

インドネシアはイスラム教徒が多く、仏教徒はほとんどいません。
なので、来場者は宗教的というより、物見遊山的な雰囲気でした。
「聖地」っぽくないということです。
まあ、宗教の盛衰が激しい地域だから、やむを得ないですが。

ジョグジャカルタで年を越し、さらに列車でバンドンに向かいます。
途中は結構な山岳路線。

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インドネシアはスマトラ島からジャワ島、バリ島と南側に背骨のような山塊が貫いています。
これは海洋プレートがぶつかる所にできる地形で、日本や台湾、ニュージーランドと同じ。
なので、大地震や大津波が起こるわけです。
そういう意味で、日本人には親近感のある地形とも言えるかもしれません。

1月2日にバンドンに1泊してから、ジャカルタに戻ります。
ジャカルタでは近郊路線に、山手線や京浜東北線の中古電車が使われているのが、面白かった。

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朝夕ラッシュ対策の6扉車を久しぶりに見かけたのですが、日本では3人掛けのところ、インドネシアでは4人掛けで使われているようで、その窮屈さが、ちょっと可笑しかったです。

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若い女性が、男性と詰め詰めで座っているところを見ると、「イスラム教徒がこんなこと(接触)していいんだったっけ?」と、疑問に思わなくもないですが……。

インドネシアは、中国やタイほど急激に発展していなくて、昔のアジアののんびりした雰囲気を残しています。
時たまテロが起こりますが、旅をしている限り、体感治安は悪くない。
独立の経緯もあってか、割と親日的。
多民族国家なので、他文化に寛容な側面もあります。

これまであまり行ったことがなかったけれど、旅先としていい場所のような気がします。

と言っても、日本から微妙に遠いのが、難点かもしれませんが……。
プロフィール

浅井潤水(じゅんすい)

Author:浅井潤水(じゅんすい)
大阪生まれ、5歳より18歳まで奈良で育つ。大阪の大学を卒業後、東京の出版社に就職。総合月刊誌、写真週刊誌、ワンテーマ・マガジン、新書、文庫などの編集に従事した後、現在は生産管理部門勤務。
おもな担当書に、下川裕治『格安エアラインで個人旅行が変わる!』、鳥塚亮『いすみ鉄道公募社長 危機を乗り越える夢と戦略』、松尾貴史『ネタになる統計データ』、小篠綾子『コシノ洋装店ものがたり』、吉田友和『スマートフォン時代のインテリジェント旅行術』、坂井優基『現役機長が答える飛行機の大謎・小謎』、三浦展・菊入みゆき『職場で“モテる”社会学』、碓井孝介『偏差値35から公認会計士に受かる記憶術』、『「男はつらいよ」寅さんロケ地ガイド』、週刊「昭和の鉄道模型をつくる」、ジミー大西『トーテンくんのオーケストラ』などがある。

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