ラダック

遅めの夏休みを取って、インドのラダックに行ってきました。

ラダックはインド北西部、ヒマラヤ南側の山岳地帯にあり、19世紀半ばまで、チベット仏教を奉ずる独立王国でした。

今でも、チベット仏教のゴンパ(僧院)などがよく残っていて、旅好きには人気のエリアです。

9月上旬、成田空港から日本航空の直行便でデリーに向かいます(シートピッチ84センチの「新間隔エコノミー」だったので快適。ちなみに、私がいつも乗っているL.C.C.の間隔は74センチ)。

8時間ほどの飛行でデリー空港到着。
入管手前の壁面に、仏の手のようなオブジェが設置されていました。

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いかにもインドらしい装飾ですが、大阪の「かに道楽」や「づぼらや」といった、立体(食材動物)看板に発想が似ているかもしれません……。
道頓堀の「かに」のように、動いたりはしませんが。

空港近くの安ホテルで1泊し、翌朝の飛行機でラダックの中心地、レーの空港に移動。

レーは標高約3500メートル。
空気が薄くて、空の青が濃い。
到着日は高山病予防のため、あまり動かないで過ごします。

2日目から125ccのレンタバイクで、ゴンパなどを巡ります。

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私は10代から20代にかけてオートバイに乗っていたのですが、30歳以降はほとんど乗っていなかったので、おっかなびっくりの安全運転。
最高時速は50キロほど。
それでもインド人のアバウトな運転に肝を冷やします。

ラダックにはレンタカーがないので移動手段は、タクシーをチャーターするか、オートバイを借りるか、公共バスや乗り合いタクシーに乗るしかないのです。

私は自分が気に入った場所で、好きなだけ時間を過ごしたかったので、レンタバイクを使いました。

まずは、レーから19キロ離れた、ティクセ・ゴンパ。
チベット仏教の僧院です。
ラサにあるポタラ宮に、姿が似ているとも言われます。

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内部で祀られている仏像はこんな感じで、インド古来神の影響を受けているような気配が…。
もちろん、日本の寺と同じような仏像もあります。

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翌日は、レーから西へ65キロ離れたアルチ村へ。

ラダックは、ひじょうに乾燥した山岳地帯の谷沿いに、伏流水によって緑地帯が散在する地形で、緑を目にする場所もあれば、岩山ばかりのところもあります。

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使える水の量、耕作可能な土地が限られていることから、あまり多くの人口は抱えられない状況にあります。
今でも冬になると、インドの他地域との陸路が雪で閉ざされて、野菜が入ってこないらしい。
人が生きていくには、厳しい環境にあります。
が、厳しさゆえに、人々の間に「助け合い」の精神があるようです。

写真に撮られた風景は綺麗なのですが、その道中は、性能の低いバスやトラックの排気ガスを浴びて、結構疲弊します。
目にホコリや排気ガスが入って、目薬をさすために、しばしば一時停車していました。

3日目は、アルチとは逆の方向に45キロ走って、チェムレ・ゴンパへ。
最後の4キロは未舗装路で、轍で滑って転びそうになりました。

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なかなかの絶景です。
そのチェムレ・ゴンパは、岩山を背にした小高い丘に構築されており、いかにも密教の僧院といった威厳があります。

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内陣も、静謐かつ厳粛な雰囲気。
こちらのほうは、日本の仏教寺院にも通じる雰囲気がありました。

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いかにもチベット仏教らしいのは、マニ車でしょうか。
経文が刻まれており、廻すとお経を読み上げたのと同じ功徳になると言われます。

食事は、レー市内にある観光客向けレストランで。
基本的には西洋料理や中華料理なのですが、ラダックの郷土食もありました。

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これは「トゥクパ」と呼ばれる麺料理。
店によってつゆの味付けは違うのですが、これはカレー味でした。

どう見ても、食べても日本の「カレーうどん」そのもの。
中国からチベット経由で伝わった麺と、インドから伝わったカレーが、コラボしたようです。

ラダックは、現在はインドの一部ですが、他の地域とかなり雰囲気が違う。

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たとえば、このタクシーのおじさん。
ティクセ・ゴンパの朝勤行を見に行く際にチャーターしました。
その前日に、高台からレーを見ようと思って、展望スポットまでの送迎もお願いしたのです。

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すると、自分で行くのではなく、近くにいた仲間のドライバーに仕事を譲ったのです。
(続く)
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総費用3万円で上海を歩く

6月中旬の週末、ちょっと上海へ行ってきました。

上海へ行くのは、ここ10年間でたぶん5回目。

とくに中国系L.C.C.の春秋航空が、格安便を飛ばすようになってから、訪問回数が増えました。

国内を含めても、故郷の大阪と奈良、同じ関西圏の京都に次いで、近年よく訪れている街かもしれません。

上海を「すごく好き」という訳でもないのですが、最先端と過去が混在していて面白い。
異国情緒も味わえるし……。

今回も、旅の起点は茨城空港。
関東地方の第三空港化を目指しているものの、成田空港によるL.C.C.の積極誘致策もあって、路線拡大で苦戦しています。

就航便数は1日わずか7便。
チェックインカウンターも、国内線と国際線合わせて、ご覧のコンパクトさです。

空港

しかし実は、利用者目線で言うと、この空港にはメリットが多い。

空港使用料は無料。
アクセスは、東京駅から直行バスで1時間半と、それほど悪くはない。
バス運賃も、茨城県の補助が入るので、飛行機の予約確認書を見せれば、500円と安い。

そして何よりも、空港内で歩いて移動する距離と、飛行機のドアが閉まってから離陸まで飛行機の移動距離が、羽田や成田よりも圧倒的に短いのがいい。離陸の順番待ちで、飛行機が渋滞することもない。

空港内で歩くのは全部で300メートルくらい。
ドアが閉まってから離陸までは、約5分です。

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これらは、空港が東京から遠いことを、充分に埋め合わせるメリットなのです。

しかし、ここから上海までの、春秋航空の乗り心地はなかなかハード。

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上の写真は、水平飛行に入ってからの機内の様子なのですが、シートがまったくリクライニングしない。
座面の素材も、合成皮革だかビニールだか分からないのですが、座っていると体温で熱くなってきます。

同じL.C.C.でもジェットスターに比べて、かなり座り心地が悪いのです。
燃油加算込みで片道4095円なので、文句は言えませんが…。
まあ、3時間なので、我慢できなくもありません。

上海浦東国際空港到着後は、地下鉄で上海駅付近の安宿に移動。
夕食は、上海駅ビルにある「永和大王」という、台湾料理のファストフード店で食べました。

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一種の挽肉丼なのですが、これがなかなか美味しい。
ドリンク(豆乳)が付いて25元(400円)です。

翌朝、上海駅前から1時間半ほどバスに乗って、西塘(シータン)という水郷の町に出かけます。
上海近郊には「江南水郷」と呼ばれる、水運で発展した古い町が点在し、西塘もその一つです。

これまで江南水郷では、周荘に何度か行ったことがあったのですが、今回は別の町に行こうと思い、西塘に向かったのです。

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西塘は、周荘と比べると水路が広い。
周荘は小舟がすれ違える程度の幅だったのですが、西塘の水路はゆったりしています。

あと、「煙雨長廊」という商店街のアーケードのような約1kmにわたる長い庇が続いています。

雨や陽射しを防ぐために、設置されているのだとか。
昔からこのような庇が設置されていたのは、栄えていたからでしょう。

ちなみにここは、映画『ミッション・インポッシブル3』のロケ地となり、トム・クルーズも走ったそうです。

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西塘も、周荘ほどではないにせよ、観光地として大勢の人で賑っています。
旧市街に入るのに、100元(1600円)の入域料がかかるのですが、今の中国人には出せる金額のようです。

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まあ、近代化から取り残された古い町を、修復して観光地にしていると言えばそれまでなのですが、日本の古い町並みと比べると残っているエリアが広くて、ビルなど西洋建築が、一つもないのがいい。

日本の場合、明治時代から100年以上かけて徐々に近代化したために、城下町などの古い町並みにも西洋風の建物(銀行など)が混じっています。

逆に中国は、近代以降の停滞期が長く、1990年代から一気に発展したために、交通の要衝から外れた水郷などに、昔の風景がそっくり残っているということかもしれません。

そんな訳で2日目は西塘から夜戻り、3日目は上海市内の七宝という町中の小さな水郷を訪ねました。

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ここは、上海市内にたまたま残った古い町並みという感じで、西塘ほどの風情はありませんでしたが。

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それでも、中国人も昔ながらの町並みが好きなようで、結構な人出でした。

中国人も古い町並みを好んで訪ねるということは、急速な経済発展に対する、人々のちょっとしたレジスタンスなのかもしれませんね。

そんなこんなで時間を過ごし、復路はジェットスターの成田行で帰ってきました。
これも片道4000円ちょっと。

往路便を何本か購入して、使わなかったチケットは「投げ捨て」をしたので、往復の移動費にロスが生じているのですが、それでも総費用は約3万円で収まりました。

L.C.C.のセールを上手く使えば、上海も、関西を旅行するのと、同じ感覚で行ける時代がきたということかもしれません。

「おもてなし大国」イラン

ゴールデン・ウィークに、イランへ行ってきました。

イランというと「危ない国」といったイメージがあるようですが、実は治安がいい。

さらに元々の国名は、世界史でおなじみの「ペルシャ」だったのて、名所旧蹟も多い。

独裁国家でもなく、5月19日に行われた大統領選挙では、穏健派のロウハニ師が再選されています。

少なくとも大統領を選ぶセンスは、アメリカ人より良いようです(笑)。

私は昨年、蔵前仁一さんが書かれた『よく晴れた日にイランへ』という旅行記を読み、イランへ行ってみる気になりました。

4月28日夜、成田空港からカタール航空に乗り、ドーハを経由して、29日午後にテヘラン国際空港着。

空港からタクシーと地下鉄を乗り継いでテヘラン駅へ移動し、シーラーズ行きの夜行列車に乗りこみます。

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二段ベッドの寝台車は、昔なつかしいコンパートメント式。
スマホなどの充電用に、コンセントが増設されているのが今風かも……。

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日本の定期列車からは姿を消した、食堂車も連結されています。

車両からは、そこはかとなく社会主義国の匂いが……。
イランは旧ソビエト連邦の隣国だったこともあり、東側諸国から輸入した車両のようです。

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出される食事は機内食レベルなのですが、これがなかなかおいしい。
流れゆく車窓風景を眺めながらの温かい夕食は、風情があるものです。

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夜になって寝台で眠り、朝起きると、車窓からは岩山と草原が眺められました。

イラン中部は、乾燥地帯ではあるけれど、砂漠というほどでもない。時々雨が降るし、農業も営まれています。

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4月30日午前7時に、シーラーズ駅到着。

東京から、ドーハ、テヘラン、シーラーズと36時間以上続けての移動だったこともあって、そこそこ疲れました。

首都テヘランの大気汚染が、ひどいという話(長年にわたる経済制裁の影響で、旧型自動車が多いため)があったので、滞在を避けたのです。

シーラーズ駅下車時に、疲れていたせいか、列車内にガイドブックを忘れて、あわてて取りに行くミスが出ます。

もっとも、この旅では終盤でもっと大きな失態を演ずることになるのですが……。

駅からタクシーで宿に向かい、約半日休養。

翌5月1日、最初に向かったのは、マスジェデ・ナスィーロル・モスク。
「ピンクモスク」という通称もあります。

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イスラム寺院には珍しく、ステンドグラスの装飾が施されています。
とくに朝日が差しこむ時間帯が美しい。

ステンドグラス自体は、キリスト教の教えを庶民に分かりやすく伝えるために発展した装飾らしい。
それがイスラム寺院に影響を与えたようで、デザインは幾何学模様です。

次に訪れたのは、アリー・エブネ・ハゼム聖廟。
シーア派の聖人を祀る墓堂です。

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内部はモザイク貼りのミラーに光が乱反射して、キラキラしています。

私も、イスラム諸国を何度か訪れたことがありますが、こんなにきらびやかな内装の聖廟は見たことがない。

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このような内装の聖廟は、イラン各地にあるそうです。
イランがシーア派なので、墓堂に対する考え方がスンニ派などと異なるのか、たんにイラン国内での流行なのかは分かりません。

仏教も、日本とタイ、チベットでかなり寺院の様式は違うので、それと同じような派生なのかもしれませんね。

続いて、エラム庭園を訪ねます。
ここはペルシャ様式の名庭園で、世界遺産にも登録されています。

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イラン人にとっても有名な観光地らしく、遠足の子どもたちや、民族衣装を着て記念撮影をする夫婦などで賑わっていました。

ここでイラン人観光客から、「一緒に、記念写真を撮りましょう」と声をかけられ、私のスマホでも1枚自撮りをしました。
何というか、こんなに美しい人々に囲まれて写真に収まることは、最初で最後かもしれません(笑)。

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一般にイスラム圏では、女性の写真を撮るのはタブーとされているのですが、イランでは全然お構いなし。

その後、バーザーレ・ヴァキールという市場を見物します。
バザールの建物にさえも、几帳面なデザインが施されていました。

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5月2日に、シーラーズから高速バスに7時間乗って、エスファハーンに移動。

エスファハーンは、17世紀から18世紀にかけて、サファヴィー朝ペルシャの都として栄えました。
絹の輸出などで国全体が潤っていた時期でもあり、細密画やタイル美術など、ペルシャ芸術が花開きます。

街の中心はエマーム広場。

広場に面するマジェスデ・シェイフ・ロトゥフォッラーは、王族専用の寺院。
細密なドームが美しい。

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続いて、マスジェデ・ジャーメ。
サファヴィー朝ペルシャ期における寺院建築の、集大成と言われます。

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青色のタイル装飾。
中国・明代の景徳鎮もそうですが、焼き物にはなぜか「青」がよく似合うようです。

この日は天気が良かったこともあり、色彩が一段と映えていました。

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そんなこんなで、エマーム広場をブラブラしているうちに、風が強くなり砂塵が舞い始めます。
目に、砂埃が入るようになったので、バザール内のカフェに避難。

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店の内装や什器はペルシャ風でお洒落だったのですが、一人旅のオッサンには似合わないような……。
べつに誰も、気にしちゃいませんが(笑)。

5月4日、エスファハーンからバスに乗ってカシャーンという街に移動し、タクシーに乗り換えてアブヤーネ村に向かいます。

シーラーズやエスファハーンの名所旧蹟は素晴らしいのですが、ちょっと田舎のほうにも行きたくなったのです。

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アブヤーネ村は長い期間、周囲から隔絶された環境にあって、言語や習俗が他の地域と異なるそうです。
イスラム教以前に信仰されていた、ゾロアスター教の遺跡もよく残っているとか。

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赤土が塗られた家が軒を並べています。

私はガイドブックの写真を見て、「プチ桃源郷」とか「秘境」のようなイメージを抱いていたのですが、実際には多くのイラン人が訪れる観光地でした。

日本で言えば、飛騨高山や白川郷、あるいは津和野や萩のような場所だったのです。

当然、多くのツーリストと一緒に街歩きをすることになり、ここでもまた、記念写真に誘われます。

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今度は、女子高生の一団です。
多少の遠近感はあるにせよ、なぜか私の顔は大きく、女子高生の顔は小さい(笑)。

村の高台に登ると、周囲の景観が一望できます。
「風の谷のナウシカ」の舞台に、ちょっと似ているような気もします。
アニメおたくではないので、はっきり覚えていませんが(笑)。

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村内に戻ると、先ほどの女子高生の一団がいました。
カメラを向けると、ご覧のようなポーズを。

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向かって左手前の女性は、雰囲気的に引率教員のようです。
教師が率先してこんな軽いノリで、イランのイスラム教は大丈夫なのでしょうか?(笑)

アブヤーネ村は日帰りで、エスファハーンに戻り、5月5日は橋巡りをします。

まずは、もっとも有名なスィー・オ・セ橋。

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サファヴィー朝ペルシャ・アッパーズ1世の命により、1602年竣工。
イタリアのフィレンツェなどにも石造の大きな橋がありますが、ここの橋もなかなか美しい造形です。

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橋を散歩しながら、幾何学的なデザインをカメラのファインダー越しに味わっていると、頼んでもいないのにイラン人がポーズを取ってくれます(笑)。

続いてハージュー橋。1666年の竣工。

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こちらは橋を撮っているだけなのですが、写真を撮っている外国人を見つけるやいなや、地元民がポーズを……。

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うーむ。
イラン人には「肖像権」という概念がないのでしょうか?
誰も彼も、写真を撮られたがります。

写真を撮られたがるだけではなくて、皆、すごくフレンドリーで親切です。
道を聞けば丁寧に教えてくれるし、子どもから老人まで笑顔で接してくれます。
「おしん」の視聴率が70%を超えたくらいだから、義理人情にも篤い。

アメリカと対立しながらも、英語が割とよく通じる。

石油輸出からの収入を、国民生活の補助金に充てているらしく、貧富の差も目立たない。

旅をしていて、こんなに気持ちがいい国は、めったにないかと思います。

さて、そんな旅も終わりに近づき、5月6日にエスファハーンから直行バスで、テヘラン国際空港へ移動します。

空港で、「搭乗手続きをしようか」と、鞄のポケットをさぐったところ、パスポートがない!!

鞄の隅から隅まで探しても、ない。

「ハッ!」と、我に返って思い起こすと、エスファハーンの宿にパスポートを預けたままなのでした(笑)。

イランは、たぶん国の規則で、ホテルのレセプションで、客の滞在中パスポートを預かるんですね。

シーラーズの宿では、預けたパスポートが宿泊料金のデポジット代わりになっていて、チェックアウト時に支払いと引き替えに、パスポートを返してもらっていました。

ところが、エスファハーンの宿は、宿泊料が前払いだったのです。

シェアルームだったので鍵もなく、精算も交換するものもないと、勘違いをしてしまった。
4日前にパスポートを預けたことを忘れていて、「サンキュー、グッバイ!」と言いながら、スルーアウトしたのです。

レセプションが常に混んでいたことも、雰囲気的にはあったかも。

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20代から海外旅行をしていて、海外渡航歴50回~60回、通算約75ヶ国を旅しているのですが、こんな大失態は初めて。

何を言っても、パスポートは約350キロ離れたエスファハーンにあるのですから、リカバーしようがありません。
飛行機に乗り損ない、やむなく空港ベンチで1泊。

カタール航空職員のアドヴァイスで、エスファハーンからタクシーでパスポートを運んでもらい、翌朝には空港に届きましたが、航空券は再購入です。

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イランは経済制裁の影響で、国際クレジットカードが使えず、再予約、再購入は難航します。

手元に残っていた現金では、東京までのチケットは買えなかったため、ドバイまでのチケットを現金で買って、とりあえずイランから出国します。

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ドバイ到着後、日本までの航空券を手配します。
ゴールデンウイーク直後なので、東京便は、成田行き、羽田行きとも満席。
次善の策で、大阪便(関空行き)のチケットを、クレジットカードで購入します。

この時点でかなり疲労困憊していたのですが、大阪便の出発まで時間があったので、破れかぶれでドバイ市内観光に繰り出します。

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路線バスとメトロを乗り継ぎ、高さ829.8メートルを誇る、世界一の高層ビル「ブルジュ・ハリファ」を訪問。

約1万円相当額の当日券を買って、展望室に昇る気力はさすがに残っていませんでしたが、地上から、東京スカイツリーを超える高層建造物をしっかり味わいました。

そして関空行きのエミレーツに乗り、関空でピーチの格安便に乗り継いで、ボロボロになりながら東京に戻りました。

航空券を8ヵ月前に買うことで、ゴールデンウィークど真ん中の日程にもかかわらず、テヘラン往復8万4000円の割安航空券を持っていたのですが、復路を直近に買い直したおかげで、約15万円のロス。

まあ、交通事故に遭って現地で入院するよりは、はるかにマシですけどね。

そもそも往復23万円の航空券を買ったと思って、あきらめることにしました(笑)。

桜と雨と京都

今年は、例年より「お花見が難しい年」だったかもしれません。

桜の開花遅れで、4月1~2日の週末はほとんどの場所で花が満開になっていなかったうえに、翌週末の8~9日は多くの地域で天気が悪かったからです。

桜の満開期(最盛期)は、約3~4日間。
例年、満開と晴天と週末が、一度はどこかで揃うのですが、今年はほとんど揃いませんでした。

まず、4月の第一週末。
埼玉県幸手市の権現堂公園で、桜と菜の花が同時に咲く風景を見ようと思ったのですが、桜が二分咲きだったので断念。

満開情報が出ていた、さいたま市の大宮公園に向かいました。

天候に恵まれ、桜は綺麗だったのですが、よくも悪くもふつうの公園です。

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桜花の下には、花見客のブルーシートや露天商の屋台がひしめいている訳で、写真を撮る際はアングルが「寄り」になってしまいます。

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まあ、これはこれで悪くないのですが……。

翌週末は、関西へ向かいます。
学生時代は、大阪の万博公園などで花見をしていたものですが、就職してからは関西で花見をした記憶がない。

とくに京都は、紅葉の時期には行くけれども、桜の時期は行ったことがなかったので、楽しみにしていたのです。

ところが、日頃の行いが悪いせいか、雨がしとしと降っている。
おまけに、京都の桜も満開になっておらず、満開の情報があったのは南禅寺など一部のみ。

「とりあえず、南禅寺に行くしかなかろう」と思い、地下鉄の蹴上駅から地上に出ます。

琵琶湖疎水のイングライン沿いにも桜並木があり、大勢の観光客で賑わっています。
結構な割合で、中国語圏の人も。

インクラインから、故・佐川清氏や、騎手の武豊氏も住んでいたお屋敷の脇を抜けて南禅寺に到着。
蹴上駅を出て20分くらいの間に、ジーンズの裾と靴がびしょ濡れになります。

南禅寺でも、傘を差したり、三門の軒下で雨を凌ぎながら、桜の花を眺めます。

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そこで、ふと思ったのが、「寺を背景にした雨の日の桜は、意外と絵になる」ということ。

これがふつうの公園だと、雨の日の桜は残念な光景になるのですが、古い木造建築を構図に入れると、しっくりくるのです。

木造建築と、雨と、桜の色が溶け合って、山水画のような幽玄さを醸し出しています。

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これは私にとって、新たな発見でした。

「雨の日の桜は、外れ」と思い込んでいたのですが、そうでもないと……。

これも京都という「場」が持つ、一種の「魔力」かもしれません。

台湾のスカイランタン

2月中旬、台湾へ行ってきました。

以前から、スカイランタンを飛ばす祭に興味があって、当初はタイ・チェンマイの「コムローイ祭」に行きたいと思ったのですが、規模が大きくなりすぎて山火事が起きたらしく、近年は縮小気味だとか。

昨年は地元民向けのイベントは開催されず、観光客向けのイベントのみ。
それもチケットが売り切れたこともあって、断念しました。

それで、アジアの祭に詳しい旅行作家の吉田友和さんに聞いたところ、台湾の十分でも「天燈節」という祭があるとのことで、そちらを目指すことにしたのです。

今回は、ふろさと納税で得たポイントを利用するために、往路はPeachの早朝便を利用してみました。
この便は、羽田空港を午前5時50分発。

自宅から始発電車で向かっても、当然間に合いません。
空港近辺のホテルに泊まっても滞在時間が短いので、空港で仮眠することにしました。

最近は、国際空港の深夜早朝枠の活用にともない、空港での仮眠者が増えています。

これは、既存の空港施設で、より多くの訪日観光客を受け入れるという「国策」の側面もあり、ロビーに横になりやすい手すりのないベンチを入れたり、コンビニを24時間開けたりと、空港側も積極的な対応を進めています。

私も20代の頃は、乗り継ぎの空港で仮眠したことがあったのですが、空港泊は久しぶり。
しかも今回は、搭乗客以外も出入りできるロビーということで、少し身構えました。

貴重品をコインロッカーに入れようかとも思ったのですが、頻繁に警備員や警察官が巡回しているのを見て、たぶん治安は大丈夫だろうと思い、バッグにダイヤル鍵をかけて横になります。

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最初は照明が暗めで静かなベンチを選んだのですが、そこはかなり涼しくて眠れない。
結局、明るくて人の話し声もするけれど、暖かい場所が睡眠に適することが判りました。

ホームレスと同じ発想ですが……。

朝、4時に起きて飛行機に乗り、9時に台北着。
機内でもよく眠ったのですが疲れは取れず、日中は結構フラフラでした。

台北の桃園国際空港に到着した後、路線バスを乗り継いで、三峡という街を目指します。

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三峡は、かつて樟脳や布、茶などの交易で栄えた、客家系の街。
中華風と西洋風をミックスしたような、煉瓦作りの町並みが美しい。
煉瓦は日本から運んできたそうで、当時としても相当贅沢な作りだとか。

街中には道教のお寺もあり、参拝客が熱心に祈る姿が見られます。

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これといった目的もなく、通りをブラブラと歩いてみたのですが、中国本土にもない、他のアジア圏にもない、ヨーロッパ風とも違う、独特の雰囲気があります。

客家といえば、福建省に円形集合住宅(世界文化遺産)を作っていましたが、独特のデザイン感覚があるのでしょうか。

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三峡から桃園駅に戻り、在来線の自強号で高雄へ。
高雄で一泊し、翌日、台東、花蓮経由で、台湾を鉄道でほぼ一周します。

ただひたすら車窓をぼんやり眺めているだけの、「乗り鉄」旅です(笑)。

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(列車内には、中華風の仕切りがある)

台湾2日目の夕方、目指したのは一昨年12月にも訪れた十分という街でした。
十分は、平渓線というローカル線の途中にある街で、商店街に面したストリートが線路という、アジアらしい"いい加減な"風景が見られます。

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線路の上で膨らませているのがスカイランタンです。
風船状の紙袋の中に灯火があり、熱せられた空気の比重が軽くなって、全体が浮き上がるという塩梅です。

この日の夜になって、近くの広場から、100~150個のランタンが一斉に打ち上げられるのが、「天燈節」のメインイベント。

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打ち上げ場所の制約もあって、それほど多くのランタンが上がるわけでもないのですが、幻想的な光景ではあります。

日本では、新潟県津南町でしかスカイランタンの許可が出ないこともあって、この日の十分にも多くの日本人観光客が訪れていました。

何度も見るほどのイベントでもないだろうけど、台湾に行くならこの時期に行くのも、趣があっていいような気がしますね。
プロフィール

浅井潤水(じゅんすい)

Author:浅井潤水(じゅんすい)
大阪生まれ、5歳より18歳まで奈良で育つ。大阪の大学を卒業後、東京の出版社に就職。総合月刊誌、写真週刊誌、ワンテーマ・マガジン、新書、文庫などの編集に従事した後、現在は生産管理部門勤務。
おもな担当書に、下川裕治『格安エアラインで個人旅行が変わる!』、鳥塚亮『いすみ鉄道公募社長 危機を乗り越える夢と戦略』、松尾貴史『ネタになる統計データ』、小篠綾子『コシノ洋装店ものがたり』、吉田友和『スマートフォン時代のインテリジェント旅行術』、坂井優基『現役機長が答える飛行機の大謎・小謎』、三浦展・菊入みゆき『職場で“モテる”社会学』、碓井孝介『偏差値35から公認会計士に受かる記憶術』、『「男はつらいよ」寅さんロケ地ガイド』、週刊「昭和の鉄道模型をつくる」、ジミー大西『トーテンくんのオーケストラ』などがある。

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