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北アルプス周辺

8月中旬に短い夏休みを取って、マイカーで旅行してきました。

当初、夏休みはお盆明けに屋久島へ行く計画だったのですが、7月から新型コロナ感染症が再流行。
さすがに離島滞在は難しいと思い、信州に行くことにしたのです。

以前から北アルプスでトレッキングをするプランがあり、今回はそれを主目的にしました。

1日目。東京から、甲府、松本を経由して白馬で投宿。

2日目は、あまり天候が良くなかったので、山ではなく海に向かいます。
白馬から50㎞ほど北上すると、日本海側の糸魚川。
糸魚川から、海沿いに富山方面へと向かうと、親不知海岸(正式名称は、親不知子不知)があります。

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北アルプス(飛騨山脈)の山塊が、そのまま日本海に突っ込んでいるような険しい地形です。
江戸時代まで、北陸と越後を繋ぐルートはここしかなく、大名の参勤交代を含め、親不知を通っていたらしい。
歩行できそうな浜がある部分もあれば、ほとんどない部分もあり、ここをどうやって通ったのか、不思議です。
実際、渡っている途中に命を落とす人もいたらしい。

明治以降、崖に沿った道路や線路が開削され、行き来はしやすくなります。
今では、新幹線や高速道路も、橋やトンネルによって、親不知を貫通しています。

2日目は、ゴンドラリフトとロープウェイを乗り継いで、栂池高原へ。
ゴンドラリフトは、冬はスキー客が乗るものを、夏はハイカーが利用しています。
おかげで、標高約1800mから歩き始めることができるのです。

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標高約1800mなので、平地と比べると涼しいのですが、何せ1年でもっとも暑い時期なので、高原でも20℃台後半はあったと思います。日差しも強かった。

栂池高原には「栂池自然園」という、公園のように管理された区画があって、湿原などを自然な状態で見ることができます。

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「展望湿原」というポイントからは、白馬岳の大雪渓が眺められます。

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「雪渓」と「氷河」は、外観が似ていますが、ここでは氷体は確認されなかったようです。
積もった雪が圧力によって氷にならないと、氷河とは認められないとのこと。
なので、これは大きな万年雪と言えるかもしれません。
ちなみに日本でも、他に7ヵ所氷河が確認されている場所があります。

栂池高原を5時間ほど歩いて、またゴンドラリフトに乗って下山。

マイカーに乗り換えて白馬のペンションに戻ったのはいいのですが、ペンションの部屋にはエアコンがなかった。
20年以上前のウインタースポーツ全盛期に建てられたペンションですから、日本全体がその後これほど暑くなることは想定されていなかったのでしょう。
夜は暑苦しくて眠れないというほどではないのですが、夕方は部屋が結構暑い。

地球の平均気温が上がっていることは、高原の旅にも影響しているようです。

3日目は、長野電鉄の前面展望車両に乗ります。

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かつて小田急電鉄を走っていたロマンスカーが、長野電鉄に譲渡されたものです。

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前面展望列車が好きだと言うと、子供みたいなのですが、運転士気分が味わえて、実際面白い。
小田急を走っていた頃は、展望室の指定席を予約するのが一苦労。
長野電鉄では、自由席なので、始発駅である程度待てば、展望室に座ることができます。
沿線風景も、扇状地を下ったり、果樹園の中を疾走したりと、なかなか味わいがあります。

と、まあ信州の旅を楽しんでいたのですが、8月中旬は信州でも日中は30℃を超える猛暑で、外を歩き回っていると熱中症になりかけました。
ある店舗で、入るときに体温を測られ、顔が火照っていることに気がついたのです。

旅先でリアルな熱中症になっても仕方ないですから、予定を1日繰り上げて東京に戻りました。

1日自宅で静養してから、出勤したのですが、正直、会社で働いているほうが楽です。

お盆時期に夏休みを取ったのは久しぶりだったのですが、暑い盛りに夏休みを取るのは賢くないことを思い知ったのが、今回の教訓でした(笑)。
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旅のない生活も

新型コロナウイルスが猛威を振るって以降、「旅のない生活」がつづいています。

端っこのほうだけれど、一応東京都に住んでいるので、未だ一都三県から出られない日々。

感染症が広まった当初、「自家用車を使えば、国内旅行ができるのではないか」と思っていたのですが、「自粛ポリス」なる歪んだ正義感を振りかざす人が、都市部ナンバーの自動車に傷を付けるニュースが流れ、ちょうど1月に車を買い換えたばかり(乗り心地の悪いャンピングカーの維持を断念)なので、国内旅行も控えていました。

まあ、ストレスがないと言えば嘘になりますが、仕事を失うわけでもないので、ある程度は仕方ないかと。

16歳のときに、初めて国内の一人旅に出て、20歳で海外旅行。
以来、30年以上にわたって、47都道府県と、92ヵ国を旅行してきました。

もう、存分に旅をしたような気がします。

私がもし江戸時代に生まれていたら、一生に一度、お伊勢参りをするのが関の山。
現代でも、インドやパキスタンに生まれていたら、こんなに旅はできなかった。

それなりに豊かになっていた日本に生まれ、親に学費を出してもらって大学に通い、運よく正社員の仕事にもありつけたと。

なので、今年と来年、海外旅行できないくらいは、我慢しないと贅沢だと思うのです。

東京都も、再来週には一都三県以外への移動が解禁されそうです。

高校時代、50ccのバイクに乗ってユースホステルに泊まり、ちょこちょこ旅をしたように、少しずつ行動範囲を広げていければと思っています。

新型コロナウイルス

前回の記事で「3月にバングラデシュに行く」旨書いていましたが、新型コロナウイルス蔓延の状況を考えて中止しました。

目的地のバングラディッシュも、航空機乗り継ぎ地のタイも、日本人入国禁止ではないので航空券代は戻ってこないし、残念だけど仕方ないですね。

ゴールデン・ウィークに予定していた、コーカサス三国+オマーン+レバノン旅行も中止。
航空券代は8割ほどが返ってくる見込み(バウチャー含む)です。

報道を見ていると、収束は相当先になりそうですね。
私もバックパッカーを始めて30年以上ですが、こんなに旅行ができない状況は初めて。

感染症が原因なので、どうしようもないけれど。

カタール、ルワンダ、ウガンダ、エチオピア

年末年始は、中東のカタールと、東アフリカの3ヵ国を廻ってきました。

まずは、カタール。
東京からカタール航空に乗って、ドーハ乗り継ぎで東アフリカを目指したので、往路ドーハに1日滞在したのです。

カタールは、前回「世界陸上」の開催国になったり、次回サッカーW杯の開催国になったりで、アラビア半島の「新興金満国家」というイメージがあります。
サッカーの前回アジア杯で、日本が決勝でカタールにあっけなく敗れた時も、金の力で集めた出稼ぎ選手の個人パフォーマンスに敗れた印象がありました。

ドーハ国際空港に降り立ち、地下鉄で市内に向かいます。

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地下鉄は開通して間がなく、車内もクリーン。
乗客は、インド系などの出稼ぎ労働者が目立ちます。

ドーハは「世界一、退屈な首都」と、呼ばれているそうです。
おそらく、昔は遊牧民の小さな首長国だったので、歴史や文化の蓄積がないのでしょう。

一応、ドーハ最大の観光地と言われる、スーク・ワキーフを訪ねました。

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ここは、元々地元民向けの市場だったものが、次第に観光客向けの商品も扱うようになった場所だと思います。

まあ、雰囲気が中東っぽいと言えば、中東っぽいですが。
これくらいの市場は、他のアラブ諸国にもあるような気もします。

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その後、路線バスに乗って、ドーハから60キロほど離れたアル・ホールという町にも行ってみたのですが、乾燥した土地と工事現場があるばかりで、これと言った見どころはありませんでした。

ドーハに1泊後、再びカタール航空に乗って、ルワンダの首都キガリに向かいます。
キガリ到着前に地上の様子を見ると、緑豊かな大地が広がっていました。

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キガリの住宅街にあるゲストハウスに宿泊し、翌日、乗り合いマイクロバスに乗って、日帰りでキブ湖畔のキゼニという町を訪ねます。

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(キガリのバスターミナル)

マイクロバスの補助席で揺られること3時間半、キゼニに到着。

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キゼニの街並みは、これと言った特徴がないのですが、町を歩く女性が原色の民族衣装を着ていたのが印象的でした。

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バイクタクシーに乗って、キブ湖畔にも行ってみたのですが、湖畔の風景はさして美しくありません。
代わりに見つけたのは、ユーラシア大陸では見たことのないような木々。

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この木は、葉がシダのような形をしています。
枝から同じ大きさの葉が、左右各10葉ほど並んでいるイメージ。

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その隣にあった木は、葉がサボテンのようになっています。

昨年、中米のコスタリカで森歩きをした時は、アジアと植生の違いはあまり気にならなかったのですが、アフリカの樹木はずいぶん形が異なるようです。
そういえば、今回は見なかったけれど、バオバブなども、アジアの樹木とは異質な印象を受けます。

あまり植物に詳しくないので、アフリカの木がなぜ独特なのか分からないのですが、機会があれば調べてみたいと思いました。

キガリで2泊した後、ローカルバスを乗り継いで、ウガンダのカバレを目指します。

バスで窓側の席に座れたので、車窓風景を撮ります。

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これは、キガリの町を出るところ。
発展途上国でよくある街並みです。

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そこから、沿道の村になると、もう生活道路は舗装されていません。
これが、だいたい1人当たりのD.G.P.が世界170位台の国の状況です。

ただし、富の再配分が割と上手くいっているようで、物乞いのように極端に貧しい人は、ほぼ見ませんでした。

村に入ると、自転車タクシーをよく見かけます。
ちょっと目を引いたのが、綺麗にデコレートされた自転車。

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昔の日本や、インドだと派手な色彩の「デコトラ」(大型トラック)は見られますが、「デコチャリ」はあまり見たことがないような……。
運転手の営業努力とも言えますし、自己満足と言えるかもしれません。

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キガリから3時間ほどバスに乗って、ルワンダ-ウガンダ国境の町に到着。
徒歩で国境を越え、乗り合いタクシーに30分ほど乗って、カバレという町に入ります。

翌日、カバレからバイクタクシーに30分乗って、ブニョニ湖を訪ねます。
この辺りは、アフリカ大陸の「大地溝帯」で、地殻変動で島がやたらとある湖があるのです。

大地溝帯というのは、地球内部のマントル上昇流が地殻にぶつかって流れを変える場所。
遠い未来にアフリカ大陸はこの辺りで分裂するそうです。
日本に近い太平洋の深海で、プレートが折り重なって潜り込んでいますが、それとは逆の場所です。

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私も今まで世界で様々な風景を見てきましたが、これは結構不思議な風景かと思います。
湖全体で29の島、水深が最大900メートルもあるそうです。

ブニョニ湖形成の歴史が分かるイラストやジオラマを見てみたいものですが、付近に博物館や資料館は見当たりませんでした。

カバレからブニョニ湖への道は、未舗装の生活道路です。
沿道には、村人の素朴な生活がありました。

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ところで、この辺りの食事事情ですが、カバレで地元民向けの食堂に入ってみました。
地元の人が食べていた料理を指さし、私も注文。

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まあ、一応、肉と芋と野菜という組み合わせにはなっているのですが……。
生野菜はお腹を壊す細菌が怖くて食べられず、いつも肉と芋の単調な食生活になるのでした。

今回訪ねた東アフリカ諸国の食事は、どこも炭水化物に偏っていて、野菜と肉類が不足している印象。
まだ、人々が食べていくだけで精一杯で、料理のバラエティにまで手が廻らないのかもしれません。

もっとも、アフリカの人々が肉をまともに食べ始めると、もっと飼料用の穀物を栽培する必要があり、農地がますます足りなくなるかもしれません。

2泊したカバレの宿では、宿のフロントに頼んでおいた衣服の洗濯がなされておらず、2セット手洗いして、急場をしのぎます。
フロントに理由を聞くと「今朝、洗濯屋に取りに行ったら、洗濯をやっていなかった」と、無責任な答え。

どうも、日本や欧米では当たり前の「請け負ったらきちんとやる、できないならできないと事前に言う」ことが、アフリカでは常識ではないようです。

カバレから、ウガンダの首都・カンパラに向かうバスも、何の説明もなく、1時間半遅れてやってきました。

カバレから約7時間で、カンパラに到着。

カンパラは、首都とは思えないほど街並みが汚なかった。
ウガンダには、民主的な政権があった時期がほとんどなく、汚職がはびこっているので、外国資本も積極的に投資しようとせず、アフリカの「駄目な国」の典型になったようです。

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カンパラ近郊のエンテベからエチオピア航空の飛行機に乗り、エチオピアの首都・アディスアベバに入ります。
さらに、エチオピアの国内線でラリベラという町に。

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(飛行機の窓から見るエチオピアの大地は、ダイナミックな地形)

ラリベラには、キリスト教の岩窟教会群があります。
エチオピアは、地理的にエルサレムが近いこともあって、ヨーロッパ人がアフリカに進出する前から、キリスト教が信仰されていました。

岩窟教会巡りに先立って、宿にチェックインするなり真っ先に頼んだのが、洗濯です。
何せカンパラで、ランドリーサービスの無断キャンセルに遭ってから、清潔な衣類が払底しておりました。

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幸い、宿泊先の「Mini Lalibela Guest House」は、スタッフがきちんとしており、すぐに洗濯をしてくれました。

もっとも、チェックインしてから約28時間、宿周辺が停電していて、充電も読書も何もできなかったのですが…。

充電ができないことが判明した場合、とりあえずスマホの電源を切って、連絡手段の保全を図ります。
夕食は宿のスタッフが作ってくれたので、蝋燭の灯りの下で食べ、あとは寝るだけ。

「まあ、ここはエチオピアだから、しかたない」という感覚でした。

翌朝、インドから輸入されたような三輪タクシーに乗り、岩窟教会群を訪ねます。

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ラリベラの岩窟教会群は、一枚岩をくりぬいて造られています。
エジプトのアブ・シンベル神殿や、ヨルダンのペトラ遺跡のように岩肌の片側をくりぬいて造った構築物は、世界各地にあるのですが、四方をくりぬいて造られた建造物は、あまりないと思います。

最初に、もっとも有名なキルギオス教会を訪れます。
上から見ると、十字の形をしています。

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教会を横から見ると、ビルの7~10階くらいの高さがありました。

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ラリベラの岩窟教会群は、12世紀から13世紀の建造です。
周辺国との関係で、エチオピアからエルサレムへの巡礼路が絶たれる事態になり、王がエルサレムに代わる聖地を設けようとしたのだとか。

周辺の岩は火山灰からできた凝灰岩で、どちらかと言えば柔らかい岩だそうですが、どうやって一枚岩からこれほどの建造物をくりぬいたのか、工法や工期は今でも判っていないそうです。

かろうじて判っているのが、エジプトやパレスチナから岩や石を彫る職人が呼ばれていること。
人海戦術でノミや木槌などを使って、彫り進めたのでしょうか。

それにしても、一枚岩から彫っている、上から見ると十文字に見えるなど、建築物としてかなりユニークです。
奇想天外というか……。
見た目のインパクトは、マチュピチュに匹敵するものがありました。

ギルギオス教会以外にも、岩窟教会はいくつもあります。

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ただ、建物の劣化を防ぐためか、現代的な覆い屋根が設置されていて、見栄えは今イチでした。

と、まあ、そんな感じで、中東と東アフリカの国々を訪ねた訳ですが、アフリカの3ヵ国は世界でももっとも貧しい部類の国々です。

現代は、最貧国といえども、物乞いであふれているとか、餓死者が出るようなことはありません。
何だかんだいっても、世界全体では豊かになっているようです。

ただ、先進国や中進国を旅するのと比べて、疲れるのはたしか。
たとえば、走っている自動車が、30~50年くらい前に作られた日本車が多い。

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「日本車って、修理すれば40年でも乗れるんだな」
と感動するのですが、排ガス規制がほぼない時代に作られたので、都市部の大気は東京などよりもはるかに汚れています。

おまけにエアコンがあっても、ガソリン節約のためか、エアコンをかけずに窓を開けて走るのがふつうで、乗客は汚れた空気を吸うことになります。

食事も炭水化物に偏っていて、長生きは難しそう。
私は、缶入りの野菜ジュースと、粉末の青汁と、ビタミン剤で栄養を補っていましたが。

私も年齢的に最貧国の旅は厳しいと思いつつも、3月にはバングラデシュに行く予定を入れてしまいました。

さて、どうなることでしょう?

紅の京都

今年は、10月初旬に父が亡くなったため、夏休みの海外旅行はありませんでした。

亡くなる前も、緊急手術や半危篤状態があって、頻繁に関西に帰っていたからです。
私の年代的に、そういう年もあります。

先日、父の五十日祭(仏教で言うところの、四十九日法要)があり、紅葉シーズンと重なっていたので、京都に立ち寄ってきました。

京都は近年、観光客が増えすぎて、「オーバーツーリズム」(≒観光公害)状態と言われています。
とりわけ紅葉シーズンは、訪日客が急増する以前から大混雑だったのに、内外の観光客が押し寄せると一体どうなるのか?

おそらく路線バスは、定員超過で何本も乗り過ごすことになり、紅葉の名所や神社仏閣付近では、道路の大渋滞に巻き込まれるでしょう。

そう考えると、鉄道だけでアクセスできる場所を目指したほうがいいと思ったのです。
鉄道なら車内が混んでいても、遅れることはほとんどないですから。

京都駅からJR奈良線の電車に乗り、次の東福寺駅で下車。
朝の9時前に行ったのですが、すでにかなり多くの人で賑わっていました。

駅から5分ほど歩いて、東福寺に到着。

東福寺は、本堂と開山堂の間に、川と谷があって、その上に「通天橋」という屋根付きの橋が架けられています。
谷には落葉樹の林があり、「通天橋」を渡ると、上方から紅葉が眺められるのです。

伽藍の設計者が、ここが紅葉の名所になることを意図していたのかどうかは分かりません。
「通天橋」は、最初は室町時代に架けられ、僧侶の行き来のために使われたのですが、時代が下がると、参拝客も通るようになったと思われます。

川と谷の周辺に、室町時代から落葉樹が植えられていたか否かも不明です。
自生していたかもしれないし、参拝者の目を楽しませるために、次第に植えられていったのかもしれない。

ともあれ結果的に、紅葉を上から眺める「スカイウォーク」ができあがったのでした。

「通天橋」からの眺めは、JR東海の「そうだ京都、行こう。」の広告で紹介されたこともあり、かなり有名です。
境内は、週末の原宿のように混み合っておりました。

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「通天橋」にたどり着くまでも、長い行列。
しかし、橋からの眺めは、それは見事なものでした。

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通天橋を渡り終えて、次はどこに行こうか少し思案したのですが、東福寺は庭園も有名なので、鑑賞のため方丈に入ります。

東福寺の方丈は、明治時代に一度焼失していて、庭も含めて昭和初期の再建になります。

再建時に、作庭家の重森三玲氏が、中世からの枯山水の伝統を尊重しつつも、モダンな要素を取り込んだ庭を再構築したのです。

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枯山水と言えば、龍安寺に代表される古典の名作が素晴らしいのですが、近代以降に作られた庭も、それはそれで趣があるものです。

やはり芸術は、伝統に縛られるだけではなく、時代に即して前に進める「勇気」が、鑑賞者の心を打つのだと思います。

さて、今回の帰省では、京都と大阪を結ぶ阪急の「京とれいん 雅洛」という電車に乗ってみました。

最近、よくある観光列車ですが、阪急の面白いところは、乗車券(大阪梅田-京都河原町400円)だけで乗れること。

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この車両はサロン風ですね。

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この車両は、座席が窓に向かっていて、車窓風景を楽しむことができます。

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そして、枯山水風の小庭がある車両も。
京都の寺院風に、丸窓もあったりします。

まあ、遊び心と言ってしまえばそれまでですが、阪急の「余裕」が感じられます。
こんなのに投資しても、特別料金を取るわけでもないし、ふつうの電車に乗る人が、1本ずらせて乗るだけなのですが。

「実入り」より「ブランド・イメージ」を大切にして、ずっと赤字の宝塚歌劇団を維持し続けている阪急らしい、太っ腹な金の使い方のような気がしました。
プロフィール

浅井潤水(じゅんすい)

Author:浅井潤水(じゅんすい)
大阪生まれ、5歳より18歳まで奈良で育つ。大阪の大学を卒業後、東京の出版社に就職。総合月刊誌、写真週刊誌、ワンテーマ・マガジン、新書、文庫などの編集に従事した後、現在は知財・契約管理部門勤務。
おもな担当書に、下川裕治『格安エアラインで個人旅行が変わる!』、鳥塚亮『いすみ鉄道公募社長 危機を乗り越える夢と戦略』、松尾貴史『ネタになる統計データ』、小篠綾子『コシノ洋装店ものがたり』、吉田友和『スマートフォン時代のインテリジェント旅行術』、坂井優基『現役機長が答える飛行機の大謎・小謎』、三浦展・菊入みゆき『職場で“モテる”社会学』、碓井孝介『偏差値35から公認会計士に受かる記憶術』、『「男はつらいよ」寅さんロケ地ガイド』、週刊「昭和の鉄道模型をつくる」、ジミー大西『トーテンくんのオーケストラ』などがある。

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