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カタール、ルワンダ、ウガンダ、エチオピア

年末年始は、中東のカタールと、東アフリカ三ヵ国を廻ってきました。

まずは、カタール。
カタール航空に乗ってアフリカを目指したので、往路カタールのドーハに1日滞在したのです。

カタールは、前回「世界陸上」の開催国になったり、次回サッカーW杯の開催国になったりで、アラビア半島の「新興金満国家」というイメージがあります。
サッカーの前回アジア杯で、日本が決勝でカタールにあっけなく敗れた時も、金の力で集めた出稼ぎ選手の個人パフォーマンスに敗れた印象がありました。

ドーハ国際空港に降り立ち、地下鉄で市内に向かいます。

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地下鉄は開通して間がなく、車内もクリーン。
乗客はインド系などの出稼ぎ労働者が目立ちます。

ドーハは「世界一、退屈な首都」と、呼ばれているそうです。
おそらく、昔は遊牧民の首長国で、石油が出てから急に金持ちになったので、歴史や文化の蓄積があまりないのでしょう。

一応、ドーハ最大の見所と言われる、スーク・ワキーフを訪ねました。

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ここは、元々地元民向けの市場だったものが、次第に観光客向けの商品も扱うようになった場所だと思います。

まあ、中東っぽいと言えば、中東っぽいですが。
これくらいの市場は、他のアラブ諸国にもあるような気もします。

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その後、路線バスに乗って、ドーハから60キロほど離れたアル・ホールという町にも行ってみたのですが、乾燥した土地と工事現場があるばかりで、これと言った見所はありませんでした。

ドーハで1泊し、再びカタール航空に乗って、ルワンダの首都キガリに向かいます。
キガリ到着前に地上の様子を見ると、緑豊かな大地が広がっていました。

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キガリの住宅街にあるゲストハウスに宿泊し、翌日、乗り合いマイクロバスで、キゼニという町を目指します。

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(バスターミナルの様子)

(続く)
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アフリカへ

年末年始は、久しぶりにアフリカ大陸を訪ねる予定です。

目的地はルワンダ、ウガンダ、エチオピア(途中降機で、中東のカタールにも1日滞在予定)。

ルワンダと言えば、「大虐殺」が思い浮かぶのですが、現在の治安はいいそうです。

エチオピアと言えば、「難民」のイメージがありますが、現在は内乱や飢饉もないとのこと。

ただし、1人当たりのD.G.P.で見ると、世界192ヵ国中、ルワンダ176位、ウガンダ178位、エチオピア172位と、かなり貧しい部類に入る国々です。

私の訪問歴国のなかでは、同138位のラオス、162位のミャンマー、163位のキルギス、169位のイエメンなどの旅行経験がありますが、旧ソ連でインフラが整備されたキルギス以外は、ハードな旅でした。

さて、今回はどうなるのか。
久しぶりにダニ対策の殺虫剤を買い、食料事情を考えて、青汁の粉末も用意しました。
赤土で未舗装の道が多いので、底にしっかり凹凸がある靴も買いました。

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暑さ寒さは、それほどでもないので、食中毒とダニと蚊に気を付ければ、何とかなるような気がします。

とは言え、私ももう若くはなく、基礎体力が落ちています。
慎重に動きたいと思います。

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(ウガンダのブニョニ湖)

紅の京都

今年は、10月初旬に父が亡くなったため、夏休みの海外旅行はありませんでした。

亡くなる前も、緊急手術や半危篤状態があって、頻繁に関西に帰っていたからです。
私の年代的に、そういう年もあります。

先日、父の五十日祭(仏教で言うところの、四十九日法要)があり、紅葉シーズンと重なっていたので、京都に立ち寄ってきました。

京都は近年、観光客が増えすぎて、「オーバーツーリズム」(≒観光公害)状態と言われています。
とりわけ紅葉シーズンは、訪日客が急増する以前から大混雑だったのに、内外の観光客が押し寄せると一体どうなるのか?

おそらく路線バスは、定員超過で何本も乗り過ごすことになり、紅葉の名所や神社仏閣付近では、道路の大渋滞に巻き込まれるでしょう。

そう考えると、鉄道だけでアクセスできる場所を目指したほうがいいと思ったのです。
鉄道なら車内が混んでいても、遅れることはほとんどないですから。

京都駅からJR奈良線の電車に乗り、次の東福寺駅で下車。
朝の9時前に行ったのですが、すでにかなり多くの人で賑わっていました。

駅から5分ほど歩いて、東福寺に到着。

東福寺は、本堂と開山堂の間に、川と谷があって、その上に「通天橋」という屋根付きの橋が架けられています。
谷には落葉樹の林があり、「通天橋」を渡ると、上方から紅葉が眺められるのです。

伽藍の設計者が、ここが紅葉の名所になることを意図していたのかどうかは分かりません。
「通天橋」は、最初は室町時代に架けられ、僧侶の行き来のために使われたのですが、時代が下がると、参拝客も通るようになったと思われます。

川と谷の周辺に、室町時代から落葉樹が植えられていたか否かも不明です。
自生していたかもしれないし、参拝者の目を楽しませるために、次第に植えられていったのかもしれない。

ともあれ結果的に、紅葉を上から眺める「スカイウォーク」ができあがったのでした。

「通天橋」からの眺めは、JR東海の「そうだ京都、行こう。」の広告で紹介されたこともあり、かなり有名です。
境内は、週末の原宿のように混み合っておりました。

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「通天橋」にたどり着くまでも、長い行列。
しかし、橋からの眺めは、それは見事なものでした。

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通天橋を渡り終えて、次はどこに行こうか少し思案したのですが、東福寺は庭園も有名なので、鑑賞のため方丈に入ります。

東福寺の方丈は、明治時代に一度焼失していて、庭も含めて昭和初期の再建になります。

再建時に、作庭家の重森三玲氏が、中世からの枯山水の伝統を尊重しつつも、モダンな要素を取り込んだ庭を再構築したのです。

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枯山水と言えば、龍安寺に代表される古典の名作が素晴らしいのですが、近代以降に作られた庭も、それはそれで趣があるものです。

やはり芸術は、伝統に縛られるだけではなく、時代に即して前に進める「勇気」が、鑑賞者の心を打つのだと思います。

さて、今回の帰省では、京都と大阪を結ぶ阪急の「京とれいん 雅洛」という電車に乗ってみました。

最近、よくある観光列車ですが、阪急の面白いところは、乗車券(大阪梅田-京都河原町400円)だけで乗れること。

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この車両はサロン風ですね。

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この車両は、座席が窓に向かっていて、車窓風景を楽しむことができます。

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そして、枯山水風の小庭がある車両も。
京都の寺院風に、丸窓もあったりします。

まあ、遊び心と言ってしまえばそれまでですが、阪急の「余裕」が感じられます。
こんなのに投資しても、特別料金を取るわけでもないし、ふつうの電車に乗る人が、1本ずらせて乗るだけなのですが。

「実入り」より「ブランド・イメージ」を大切にして、ずっと赤字の宝塚歌劇団を維持し続けている阪急らしい、太っ腹な金の使い方のような気がしました。

「太陽の塔」

8月中旬、大阪へ帰った際に、「太陽の塔」を観てきました。

「太陽の塔」は、1970年に開催された日本万国博覧会の際に制作され、万博終了後も取り壊しを免れて残っていたのですが、近年内部の修復が行われ、昨年3月から内部の再公開が始まっていました。

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ただ、再公開当初は見学の予約を入れるのが難しく、行けるタイミングを見計らっておりました。

開始から1年が経ち、時間帯を選ばなければ予約できるようになったため、足を運んだのです。

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予約された時間に入場すると、岡本太郎さんの描いた塔のイメージ図が展示されていました。

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テーマ館の展示プロデューサーだった岡本さんは、お祭り広場の真ん中に、一目で分かるような造形を置くことを提案したそうです。
しかし、建物の設計を担当した丹下健三氏は、万博のシンボルタワーが別にあることを理由に拒否。
会議の最中、丹下氏と岡本さんの議論が昂じて、各々の弟子を交えた殴り合いの喧嘩になったとのこと。

通産省の官僚だった堺屋太一氏らが調整して、丹下氏の設計する大屋根から「太陽の塔」が突き抜ける形にすることで、実現に漕ぎ着けたのです。

塔の内部には「生命の樹」という作品が収められています。

生物の進化の歴史を、下から上に模型を配置しながら、追体験できる構成になっています。

万博のテーマが「人類の進歩と調和」だったので、進化に絡む展示にしたのでしょう。

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そこは、まさに「岡本太郎ワールド」でした。

私は子供の頃から岡本太郎さんの作品が好きで、高校時代には展覧会に行っていました。
そこからピカソやダリに興味が広がり、現代アート全般が好きになり、瀬戸内や越後妻有の広域芸術祭に足を運んでいます。

雑誌や書籍の編集者として、デザインを考えることもあったのですが、現代アートの影響を受けていると思います。
岡本太郎さんが高く評価をした、ジミー大西さんの絵本を編集したこともありました。

そういう意味で、岡本太郎さんの芸術は私の「原点」のひとつなのですが、今回、その凄さをあらためて実感したのです。

ちなみに、私は彼のオブジェ(造形作品)と、言葉がとくに好きです。

岡本さんの言葉を聞くなら、川崎市の岡本太郎美術館がいい。

久しぶりに、川崎へ行ってみようかと思いましたね。

西安、華山、そして北京

前記事の続きです。

チベットの拉薩から再び青海鉄道に乗って、西寧へ。
西寧駅で高速鉄道に乗り換えて、西安に向かいます。

西安を訪ねるのは、21年ぶり。
前回は、パキスタンのイスラマバードから、ヒマラヤ山脈の峠を越えて、シルクロード経由でたどり着きました。
西安にはいつも、辺境を旅した後、立ち寄っているような気がします。

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西安は旧市街が城壁で囲まれていて、高速鉄道の駅から地下鉄で市内に入った私は、城壁内のゲストハウスに投宿しました。

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城壁の内側に沿って歩くと、心なしか『進撃の巨人』の登場人物になったような気がします。
日本でも、平城京や平安京など、西安(かつての長安)をまねて作った都はありましたが、ここまで強固な城壁には囲まれていませんでした。
せいぜい土壁で囲まれていた程度だと思います。
そう考えると、日本と中国の、そもそもの国力の差を感じてしまいます。
人口やら耕作可能地の差を考えると、当然とも言えるのですが。

西安ではまず、大雁塔を訪れます。

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64メートルの高さがあるこの塔は西暦652年に建てられ、三蔵法師がインドから持ち帰った経典が保存されているそうです。
塔に登ることもできるらしいのですが、入口には長蛇の列で時間がかかりそうだったので、断念しました。

午後は、市街の中心部にある鐘楼を訪ねます。
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日本の平城京や平安京では、都の中心部に時を告げる鐘楼を置くという話は聞いたことがありません。
西安でも、明の時代になってから設置されたようなので、中国古来の伝統的配置ではなく、西洋の影響があるかもしれません。
時間を管理することによって、政権の権威を高める狙いがあるのかも。

鐘楼は、交差点の中央に設置されているので、東西南北の街並みが一望できます。
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まあ、ちょっと「ヨーロッパの都市みたいだ」と感じたのです。

で、夕方には市街を囲む城壁の上を歩きました。
入場料が結構高いので、歩いているのはほとんど観光客だと思われますが、散歩をするにはなかなかよい場所です。

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歩いていると、妙に古びた街並みが残っている一角を発見。
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古い街並みをあえて遺して、一部をリノベーションし、おしゃれな若者と観光客を集めているようです。

翌日は、高速鉄道に40分ほど乗り、景勝地の華山に向かいます。

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華山北という駅から、バスとロープウェイを乗り継ぎ、山頂付近の駅から山歩き開始。

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岩山が屹立していて、中国らしい風景です。
山水画っぽいと言うべきか。

それはいいのですが、山道は中国人観光客であふれています。

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中国の「人口圧」を感じてしまいます。

華山の周遊ルートに、「長空桟道」という、スかなりリリングなスポットがあり、事前のリサーチで次のような写真を見ていたので、楽しみだったのですが……。

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さすがにこの観光客数で、こんな冷や汗ものの通路を歩かせると大渋滞するからか、きちんとコンクリートで固められた歩道に、改修されておりました。

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しかしこれでは、高所恐怖症ではない私にとって、楽しくもなんともないのですが……。

そんなこんなで、アップダウンのある周遊コースを4時間ほど歩きます。

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そして、40分待ちのロープウエイに乗り、バスと高速鉄道を乗り継いで、夜に西安へ戻ったのでした。

西安で3泊した後、高速鉄道で北京に向かいます。

今回、北京は帰国の飛行機に乗るため、1泊しただけでした。
たまたま、予約しておいた宿が、胡洞(フートン)と呼ばれる旧市街にあり、路地の散策が楽しめました。

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中国でも近年はこういう街並みがなかなか見られなくなり、レトロな風景を活用した町おこしがなされているようです。

日本でも「昭和の街並み」が観光資源になるようなものなのでしょうね。

そんな訳で、成都から始まったゴールデン・ウイーク中国の旅は、西寧、ラサ、西安、華山、北京を経て終わりました。
主な目的はチベットのラサと西蔵鉄道だったのですが、チベットに関わる部分のコストが割高なため、結果的にはあちらこちら行くことになったのでした。

いつものように移動ばかりの旅になりましたが、現代中国の様々な面を垣間見られて、面白かったような気がします。

まあ、どう見ても、チベットは漢民族に浸食されているように見えるのですが。……
プロフィール

浅井潤水(じゅんすい)

Author:浅井潤水(じゅんすい)
大阪生まれ、5歳より18歳まで奈良で育つ。大阪の大学を卒業後、東京の出版社に就職。総合月刊誌、写真週刊誌、ワンテーマ・マガジン、新書、文庫などの編集に従事した後、現在は書誌情報の管理部門勤務。
おもな担当書に、下川裕治『格安エアラインで個人旅行が変わる!』、鳥塚亮『いすみ鉄道公募社長 危機を乗り越える夢と戦略』、松尾貴史『ネタになる統計データ』、小篠綾子『コシノ洋装店ものがたり』、吉田友和『スマートフォン時代のインテリジェント旅行術』、坂井優基『現役機長が答える飛行機の大謎・小謎』、三浦展・菊入みゆき『職場で“モテる”社会学』、碓井孝介『偏差値35から公認会計士に受かる記憶術』、『「男はつらいよ」寅さんロケ地ガイド』、週刊「昭和の鉄道模型をつくる」、ジミー大西『トーテンくんのオーケストラ』などがある。

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